書に耽る猿たち

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『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織|ひとりで生きられるようにすること

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『ひとりでカラカサさしてゆく』江國香織

新潮社 2023.5.23読了

 

齢の男女3人がホテルの部屋で銃身自殺をした。衝撃的な場面から話は始まるのだが、読んでいる間はずっと穏やかである。亡くなった3人の謎よりも、彼らと繋がりのあった残された人が死に対して何をどう思いどう生きるのかに重点がおかれている。死にゆく人の周りの人たちのことを書いた群像劇である。

 

説家の踏子の隣の家に住む5歳の陽日(はるひ)ちゃんがとてもいい。部屋に入るときに隣家の奥さんの口真似をして「おじゃまじゃなあい?」と挨拶してきたり、踏子の新しい服や美容室帰りの髪に気づいて「あらすてき」「もうすこしきれいな色の服を着たら?」など中年女性然とした物言いにおかしくなる。話し方を真似ると考え方も似てくるのかもしれないと踏子は心配するものの、たぶん人間の中身は外側からは真似られないよな。

 

方で高齢の翠はといえば、自分の身に次々と不具合が起こる。様々な薬を服用するようになり財布は診察券ではち切れそうになる。老いていくことの恐怖は、身体的なことよりも気持ちの方が大きいのだと思う。年齢なりの充実した人生というものを見出せれば、いくつになっても満たされるはずだ。

 

体何十人の登場人物が出てくるのだろう。最初は自殺した3人との複雑な関係性を自分なりに整理しながら読んでいたけれど、だんだんそんなことはどうでもよくなり、頁をめくるたびごとに現れる人物の生活と死者に対する想いに耳を傾ける。ただ一人の人が死んでも日常は続くもの。

 

子はかつて知佐子さんに「男の人がいてもいなくても生きていかれるように」と言われた。男の人だけじゃない。女の人でも、子供でも、親でも、友達でも、要するに「何か」があってもなくても、自分一人でなんとか生きていくという気概を持たないといけないということなんだ。だから「ひとりで」カラカサさしてゆく、なんだろうな。結局3人で自殺しちゃったけどそれは形だけのものなんだと思う。

 

刊で書店に平積みされていたときに、装幀が素敵だなと思って購入していたが、ずっと積んであった本だ。そういえばと思い奥付を見ると、2021年12月発行とあった。うわ、まずい!国内の作家の作品は早ければ2年で文庫本になる(特に江國香織さんのような人気作家だと早い)ので、急いで読まなくては。せっかく単行本で買ったのに読む前に文庫化されるのはがっかり感が半端ないもん。月日が経つのは本当に本当に早い。