書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『八月の御所グラウンド』万城目学|青春香る成長譚、大人にこそ読んでほしい

f:id:honzaru:20230901140615j:image

『八月の御所グラウンド』万城目学

文藝春秋 2023.9.3読了

 

だまだ猛暑が続いているから9月に入ったとは到底思えない。今日は台風の影響で関東地方は比較的ひんやりとしている。本当は8月中に読もうとしていたのにうっかりしていた。万城目さん自身もきっと8月に合わせて刊行したんだろうに。

 

都を舞台にした青春スポ根小説なのかなと思っていたが、スポーツ根性!とまでは言えない。どちらかというと、青春香る成長譚だ。表題作の中編小説ともう一つ『十二月の都大路上下ル(カケル)』という、女子高校生の駅伝の物語が収められている。主人公坂東(さかとう)の方向音痴ぶりがおもしろく、またある歴史上の人物が出てきて「うわ、万城目さんらしいな」と嬉しくなった。なりよりも忘れかけていた運動部ならではの勝敗に賭ける意気込みと熱い友情やらにくすぐったくなる、そんな作品だ。

 

してタイトルにもなっている『八月の御所グラウンド』はイラストから想像できるように野球の話である。8月だから甲子園を目指す高校野球チームの話かと思っていたら、趣味の(というか嫌々やっている人もいる?)草野球チーム、しかも寄せ集めのチームの物語。祇園の芸妓さんのために長年続いている「たまひで杯」という試合の頂点を目指しながら、忘れかけていた大切なものを掴んでいく。野球好きな人、特に野球をかじったことがある位の人(本格的にやったわけではない人)や野球観戦が好きな人が楽しめるはずだ。

 

近の荒唐無稽でとっぴんぱらりな万城目ワールドというよりも、原点の京都に戻った優しくほんわかした印象だった。もちろん万城目さんお得意の歴史上の偉人が出てくるあたりはそれはそれで安心感がある。むしろ出てこないと「あれ?」って思うんだろうな。見えないけれど大切なものを青春というフィルターを通して映し出す。大人にこそ読んで欲しい、温かい気持ちになれる作品だった。

honzaru.hatenablog.com