書に耽る猿たち

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『ミトンとふびん』吉本ばなな|さぁ、旅に出ようか

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『ミトンとふびん』吉本ばなな

幻冬舎幻冬舎文庫] 2024.03.03読了

 

の本、単行本のサイズが特殊だったのと表紙の色が鮮やかだったから、書店でかなり目立っていた。ちょうど永井みみさんの『ミシンと金魚』が並べられていて、タイトルが少し似ているからごちゃまぜになっていた。「ミシンとふびん」だっけ、とか「ミントがなんとか」だっけ、とか…。意外とそういうことが記憶に残るものだ。

 

月の新刊文庫本として積み上げられていたから思わず手に取る。さらっと読めるし、今かな、と(この本の前に『オッペンハイマー』を読んでいたから若干疲れ気味なのよね)。やはり、ばななさんの文章は日常に佇むほんのりとした幸せと懐かしみがある。なんでもない日々を描いた6つの短編が収められていて、ここに出てくる登場人物たちはみな何かを喪失しており、生活圏外の場所に身体を委ねる。それは旅であったり、誰かの実家であったり。

 

かと暮らすということの比喩がとても良い。「青海苔が細かく散ったその人のTシャツをひたすら手で洗ったり」「風呂に入ろうとすでに半裸になっていたのに、なかなか彼が風呂から出てこないで風呂の中で歌まで歌っていたりするのを、なにか羽織りなおして待っていたり」することだと言う。ヘルシンキに新婚旅行に行った2人は、レストランで出会った見知らぬ老夫婦からお菓子を貰い、かけがえのない言葉をかけられる。近しい人からでなくても、自分にとって元気づけられる勇気とギフトはもらえる。だから私も普段から周りの人を見て何かあれば声をかけたいと思った。声でなくても視線だけでも伝わる場合もある。『ミトンとふびん』はそんなようなお話だ。

 

なり合う部分は母娘という設定だけなのに、2作目の『SINSIN AND THE MOUSE』には共感度が高くて所々で目が涙で滲む。主人公のちづみは、世界がみんな新しく見えるのは「勢いよく輝いているのではない。しみじみと美しい色彩がしみてくる感じだった(36頁)」からだという。キラキラ光るわけではなくても、じっくりと浮かんでくる輝き。それは見た目だけではない、しみじみと気付く幸せと似ている。私は表題作よりこの作品の方が好きだ。

 

れを読んで、一人旅がしたくなった。近場でもいいから、日常から離れた景色を見て、その土地に住む初めて会う他人と他愛もない会話をしたい。そうして、自分の日常について思いを馳せようか。

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