『葬儀を終えて』アガサ・クリスティー 加賀山卓朗/訳
ハヤカワ文庫 2020.12.20読了
私立探偵ポアロシリーズの25作目。私が読むポアロ作品としては4作目である。クリスティー作品の中ではそんなに有名ではないけれど、私としてはすこぶるおもしろかった。何も予備知識がなかったからというのもある。超有名な作品は知りたくなくても何らかの情報が入ってしまう。
資産家であるアバネシー家の長男リチャードが亡くなった。親族が集まり葬儀を終えた後の昼食の席で、リチャードと歳の離れた末の妹コーラが発する一言。「だって彼は殺されたんでしょ?」こんなにもミステリファンを引き込む導入はないだろう。そして犯人が誰なのか、最後まで全くわからなかった。いや、クリスティーさん天才過ぎる。
設定や構成はポアロシリーズの王道だ。人が死亡(殺人なのか?)し、家族内に誰か犯人がいるのでは?となり、ポアロに依頼し調査をする。巧みな推理から、鮮やかなアリバイ崩しと動機を明らかにしていくスリルたっぷりのプロセス。今回の相棒役は弁護士のエントウィッスル。ポアロシリーズでは、ワトソン役が決まっていなくて毎回異なるのが私は大好きだ。
「油断できないわね。うしろ姿って目立つのかしら」
「顔よりもずっと特徴的だよ。頬ひげをつけて、口のなかに詰め物を入れ、髪型をちょっと変えれば、誰と正面から向き合ってもわからないーけど、立ち去るときには注意することだな」(276頁)
本当にそうかもしれない。人の印象は顔だけで決まる、顔が違えばわからないだろうと、逃亡犯はよく顔を変えるのだけど、実はうしろ姿や仕草は変えられない。何十年ぶりかで会う人の容姿が変わり果ててしまったとしても、ふとした仕草や癖を見たことで「やっぱり変わってないね」と発することはあるだろう。
ミステリなので多くを語れないのが残念なのだけど、やはり英国ミステリ女王の名は揺るぎない。この『葬儀を終えて』は名作だからもっと有名になってもおかしくない。クリスティー作品は未読がたくさんあるから今は私の中での順位はつけられないが、上位に入るのではないかな。
そう、クリスティー作品で未読なものがたくさんあるということは、かなり幸せなことだ。