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『吉野葛・盲目物語』谷崎潤一郎|中期の名作をどうぞ

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吉野葛・盲目物語』谷崎潤一郎

新潮文庫 2021.7.9読了

 

崎さんの中期の2作品が収められている。古き良き古風な日本語の文体で、一見とっきにくいのに滑らかで麗しい。2作品ともタイトルだけは知っていたが、内容は想像とかなり違っていた。

 

吉野葛

かつての同級生津村に誘われ、大和の吉野地方(今でいう奈良県の中腹)を取材旅行した「私」により語られる一人称の小説である。随筆に近い。「私」は小説の題材として吉野の歴史などを調査するのだが、実は津村のほうがこの地を訪れたい理由があった。主人公と本筋がいつの間にかすり替わってしまうような筆致が見事である。

吉野の大自然の壮大さが行間からはみ出るようだ。また、谷崎氏が歴史を大切にし、魅了されていることがわかる。取材で立ち入った大谷家で、お菓子として出された「ずくし(熟柿)」のたまらない表現ったらない。柿はあまり好まない私だけれど、谷崎さんの文章にやられて食べたくなってしまった。また、「材料負け」という言葉も初めて知った。なるほど。

 

『盲目物語』

タイトルだけ見ると同じく谷崎さんの『春琴抄』や宮尾登美子さんの『蔵』を思い浮かべる。時代物だったとは思わなかった。浅井長政の妻、お市の方の悲劇を中心とした戦国時代に生きる人たちの生き様を、弥市という盲目の按摩師が語る。

作品が格調高く当時の雰囲気がよくわかるのは、弥市の丁寧で古典的な言葉遣いもさることながら、ひらがなを多用していることが大きい。「加担」を「かたん」と平仮名にして書かれてあるのだが、その「かたん」の右側に漢字で「加担」とルビが振ってあるのだ。ルビが漢字とは!!

 

説を読むと、谷崎氏の長い執筆生活は前期、中期、後期の3つに分かれるという。耽美的、官能的な『痴人の愛』は前期だという。私がより好むのは『春琴抄』など中期以降に当たるらしい。なんだか『細雪』を再読したくなってきた。『細雪』は後期作品になり、谷崎さんの集大成との呼び声も高い長編小説である。

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