書に耽る猿たち

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『いいなづけ 17世紀ミラーノの物語』アレッサンドロ・マンゾーニ/禍(わざわい)転じて福となす

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『いいなづけ  17世紀ミラーノの物語』上中下  アレッサンドロ・マンゾーニ  平川祐弘/訳

河出文庫  2020.5.6読了

 

の小説はご存知だろうか。新型コロナウイルスが蔓延し始めた2月末、イタリア・ミラノのある校長先生が生徒たちへ手紙を送り、その中にこの小説の一部(ペストについて)が引用されていたことから話題になったのである。私はこの校長先生の手紙(どうやら、書籍化されたよう!)に感銘を受けた。とてもわかりやすく、魂のこもった素晴らしいメッセージだと感じた。

イトル『いいなづけ』であるが、私は「いいなけ」と書くと思っていた。確かに「許嫁」「許婚」と漢字で書いた場合のふりがなは「いいなけ」のようだ。しかし、もともとこの言葉は「言い名付ける」という動詞から来ているため、この場合は「いいなけ」になろう。どちらのふりがなも間違いではないようだ。

代では、双方の家庭の決まりでいいなづけがいるという人は滅多にいないように思う。この物語は、タイトルから想像する愛憎劇のような要素はほとんどなく、副題の『17世紀ロマーノの物語』のほうがしっくりくる。

ンツォとルチーア2人のいいなづけが婚礼を挙げようとするが、ロドリーゴという邪魔が現れて結婚式を延期させる。司祭、下女、神父、枢機卿、暴君など17世紀欧州らしい登場人物がたくさん現れるのだが、それら1人1人の過去が詳細に語られ、その挿話の中に著者の思想が潜んでいる。当時のパン騒動やペスト蔓延などの社会的事件の数々に、2人は巻き込まれていく。

ストについて言及されているのは、下巻の第31章~33章だ。物語からは外れてペスト蔓延のことが詳細に書かれており、現代の新型コロナウイルス流行による多くの社会現象とそっくりだ。カミュの『ペスト』ではネズミが菌を持ってきたとあったが、この小説では「ペスト塗り」というペスト毒を撒き散らす犯人がいる、というなんとも滑稽な説が有力な感染源となっている。

度ペストにかかった人は身体に抗体ができるため、二度とかからないから安全である。彼らは「さまよえる騎士」という光栄ある名称を得て、街を平然と闊歩していたというのがユニークである。今、世界各国が実施または計画中の抗体検査、これもはるか昔から同じように認識があったのね。

絵のせいもあるかもしれないが、まるで古典名作『ドン・キホーテ』『レ・ミゼラブル』等を読んでいるような感覚だった。150年以上前の作品だもんなぁ。時代背景だけではなく、文学的にも時代を感じる。

禍(わざわい)転じて福となす —こう締めくくられている。読む前から、最後はハッピーエンドで終わるとわかっている、そんな古典的小説のひとつ。

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ラノの校長先生による手紙の話題が出るまでは、この本も著者も知らなかった。なんでも、イタリアではダンテの『神曲』と並ぶほどの国民的作品らしい。イタリアは美食の国、多くの歴史的建造物のイメージはあるけど、確かに有名な作家はあまり思い浮かばない。最近刊行された『コロナ時代の僕ら』というエッセイは、パオロ・ジョルダーノさんという現代イタリアで数々の文学賞を受賞した方のようで、気になりつつある今日この頃。

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