河出書房新社 2022.9.10読了
死はどうして恐ろしいのか。『火の鳥』(手塚治虫著)で永遠の命を欲しいと願っていた人たちは、何故死を恐れ、何のために永遠に生き続けたい(死にたくない)と思っていたのだろうか。
永遠の命なんて欲しくない。そう気付いたのはいつからだろう。自分だけが生き残ってしまうという残酷で孤独な世界を映画で見たり小説で読んだからだろうか。確かに1人生き残ることほど辛いことはない。人間は孤独というものが苦手なのだ。
この世で誰も死ななくなったらどうなるのだろう。恐ろしいことがこの小説の中で起こる。「死」がなくなったときに想定されるあらゆる事態が起こる。そして、国内は混乱していく。
誰も死なないかわりに誰も生まれない。そうなると、この矛盾はないように思える。しかし「老い」がなくなるわけではない。そうなると若者がいなくなりよぼよぼの老人だらけになってしまう。こうして考えると怖い。誰も老いることがなく時が止まるのもまた恐ろしい気がする。
この小説では誰もが死なない。そうなるとかえって1人だけ死ぬことは怖くなるのかもしれない。結局私たち人間は、みんなと一緒でないと不安になる生き物なのだ。
(ここから少しネタバレ気味なので、気になる人はご注意ください)
最初はだらだらと思想めいた蘊蓄や哲学が続いていた(それはそれで好きなのだけど)が、中盤あたりからストーリー性が出てきておもしろくなった。今度は死がやってくる。紫色の封筒に入った手紙が死(モルト)の予告となり、その手紙は郵便配達員の手で運ばれるのだ。「郵便配達は二度ベルをならさない」という文章を読んでにやけてしまう。アメリカのあの小説ね。ケインの作品には郵便配達員なんて出てこなかったけれど。
改めてノーベル賞作家はやはり只者ではないと感じた。こんなに突端な世界を作り上げる豊かな想像力があるなんて。そして、ユーモラスで辛辣な思想の数々が突き刺さる。サラマーゴさん独特の文体で、カギカッコ(「・」)や感嘆符(「?」「!」)がないが、慣れると意外と読みやすく癖になる。3冊読んだ中でいちばんのおすすめはやはり『象の旅』である。