書に耽る猿たち

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『下駄の上の卵』井上ひさし|人間の本能のところでたくましい

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『下駄の上の卵』井上ひさし

新潮社[新潮文庫] 2022.8.29読了

 

年の夏の高校野球の優勝校は宮城県仙台育英だった。全て観たわけではないが、家にいてテレビをつけていると、やっぱり高校野球っていいよなぁと球児達のプレーや心意気、笑顔と涙に喝采を送りたくなる。東北勢が今まで優勝をしたことがなかったのは意外だった。

の作品で野球少年たちが通っているのは、東北・山形県南部の小さな宿場町にある小学校だ。そう、今年の高校野球で全国制覇を成し遂げた東北が舞台。ただしこの小説では高校生ではなく小学校6年生が主人公である。

我夢中で野球に励み、大会で勝ち進んでいくようなスポ根の話かと思っていたら、実はこの作品は「軟式ボールを探しに東京に行く」という野球少年6人のわくわくする冒険譚だった。

らのチームが弱いのは、自作の道具を使って練習しているからだと言う。なにしろ、バットは丸太、グローブは軍手と藁で作ったもの、そしてボールはと言えば、ビー玉を芯にし、里芋の葉と布でぐるぐる巻いて布を被せて縫い合わせた球なのだ。

和21年当時、各家庭は新聞を複数紙取っていたというのを読んで驚いた。新聞の記事がというよりも、どの家庭でも貴重な紙を欲していたという。何かを包んだり、落とし紙としたり、色々な用途に紙を重宝していた。現代の新聞が廃れていることを考えると、信じられない思いになる。

を騙くらかして、東京で売るための米を集め、駅長の息子を仲間にし、電車に乗るところから彼らの冒険が始まる。闇米摘発、賭け事、娼婦との騒動など色んなことがドタバタと起こるのだが、個性豊かな少年たちがなんとか解決、いや解決ではないけどちゃんとコトが運んでいく。

転がきくというかずる賢いというか、こんな子供はいないよな、と読んでいて思った。ただ賢いというなら今のほうが知能が高い子供が多いと思うけど、この小説に出てくる少年たちは、なんだか人間の本能のところでたくましいのだ。これも、戦後すぐの日本では、自らが考えて行動しなくてはいけない、強くないと生きられないという時代背景がそうさせたのかもしれない。

しぶりに井上ひさしさんの小説を読んだが、日本語が、文章が、めっぽう上手すぎる。教養あり、ユーモアあり、そしてオチがある。これぞ井上節だよなぁ。とは言っても、今井上さんの作品が今流行る気はしないけど。『吉里吉里人』はおもしろかったなぁ。伊能忠敬を描いた『四千万歩の男』はかなりのボリュームだけどまだ読んでないから、いつか読みたい。

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