書に耽る猿たち

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『方舟を燃やす』角田光代|誰かの人生、こんな風に物語になる

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『方舟を燃やす』角田光代

新潮社 2024.04.04読了

 

和の時代から、平成、令和へと駆け巡る。グリコ森永事件、御巣鷹山の飛行機墜落事故、テレクラの大流行、オウム真理教、色々な事件があったよな。「ノストラダムスの予言」のことは家でも学校でも話題になったが、「口裂け女」の記憶はない。小学校ではコックリさんみたいなのが流行っていたけれど、コックリさんではなくて名前が違っていた気がするんだよなぁ。とにもかくにも私が生きた時代と重なる部分が多かったから、なにやら懐かしい気持ちになった。

 

1960年代に産まれた柳原飛馬(やなぎはらひうま)と望月不三子(もちづきふみこ・旧姓谷部)の視点が交互に入れ替わるストーリーだ。飛馬はよくいそうなタイプなのに対し、最初から不三子はいけすかないなというか、共感できないと感じていた。健康志向好きの度が過ぎているというか、人に影響されやすいというか…。

 

馬が高校に入った時に「何かが圧倒的に楽になった」と感じた。たのしいことや夢中になることと、楽になることは違うのだと知った。私たちは歳を取ると確実にこの「楽さ」に身を委ねがちで、それがそのまま「苦しさ」や「悲しみ」を避けることになる。本当の「楽しさ」や「喜び」は、きっと「苦しさ」「悲しみ」がないと見つけられないのだと頭ではわかっているのに。

 

かの人生、つまり誰でもをの人生を物語にしたらこんな風になるんじゃないかなと思う。飛馬も不三子も、親を早くに亡くしたという経験はあるものの、圧倒的に普通の人(誰にでも起こり得る範囲の波がある)であって、つまり私自身も含め人間誰もが一つの小説になり得るのだ。「誰でも必ずひとつの小説が書ける」というのは、この意味なんだろうな。

 

はり角田さんの小説はするすると読みやすくて、淀みのないちょうど良い文章だと思う。ただ、この作品は起伏が少なくストーリーが単調かなという印象を受けた。昭和生まれ、または平成の最初のほうに生まれた人でないとおもしろみ(懐かしみ)に欠けると思う。それから、時代を駆け足で走り過ぎていて、2人の人生が広く浅くなっている気がする。もう少しテーマを絞って深掘りしたほうがいいのにと勿体なく感じた。『ツリーハウス』(何といっても角田さんのなかでイチ押し!)があるからどうしても比較してしまうし期待値が大きすぎてしまう。

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