書に耽る猿たち

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『隅田川暮色』芝木好子|東京の下町で伝統工芸とともに生きる

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隅田川暮色』芝木好子

中央公論新社[中公文庫] 2024.08.28読了

 

あって私は現在隅田川界隈に歩いて行ける距離に住んでいる。ダイエット目的で10年以上前から始めたのに、今はもはや健康維持でしかなくなっているスロージョギングは、隅田川テラスを中心にしたコースだ。隅田川には何本もの橋が掛かっていて、ひとつひとつの橋のデザインや色(夜間は特に)はこんなにも違うのかと妙に納得させられる。橋を見た印象もかなり違うし、道をあるいているときは建物や交差点が目印になるけれど河川敷の場合は橋なんだよな。

 

の生家が商いをする「組紐作り」に魅入られて才能を発揮していく一人の女性の生き様が東京下町の風景とともに浮かび上がる。冴子を取り巻く数人の男性たち。一見恋愛小説のようにみえるが、組紐を創作する過程を通して冴子が成長していくストーリーである。

 

京大空襲をきっかけにして、隅田川で父親を失った冴子は、大好きだった父親との別れに後悔を感じている。それは、冴子が駆け落ち同然に家を飛び出し、仲直りもせずにそのままになってしまったからだ。父の亡霊がいつまでも冴子の背後にいる。隅田川を下る船で供養をした後、幼馴染み俊男の父・元吉は言う。

「人間は死んでも、生きている者が思い出す間、本当には死なないのだ」(119頁)

 

文一文が丁寧で美しく、気品がある。出しゃばっている感じはなく謙虚な佇まいが感じられる文章である。ひとつ気になったのが「三白眼を除けば見目麗しいのに」というような表現について。今であれば三白眼は美男美女に多く、ミステリアスで妖艶な雰囲気があるので良い意味に捉えられることが多いのに、時代故だろうか。文壇にいた時代が近いからか、有吉佐和子さんや宮尾登美子さんの小説を彷彿とさせる。読んで良かったとしみじみと思う良い小説だった。

 

座にある老舗書店をぶらっと覗いたときに、何か一冊くらい買おうかしらと手にした本。表紙の隅田川と橋のイラストに惹かれたのもある。作者はすでに故人のようであるが戦後の女流作家の一人のようだ。レジにいた男性から「芝木さん読むんですね」と言われ「初めて読むんです」と伝えたら「芝木さんは確か第14回芥川賞を受賞しましたよ」と返ってきた。おそらく店主なのだろうか、文学が本当に好きなんだろうと感じた。書店員自ら本の話をし始める、こういうのは良いなぁ。