書に耽る猿たち

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『バリ山行』松永K三蔵|爽快感がたまらない。メガさんは最後に何と言ったのだろう?

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『バリ山行(さんこう)』松永K三蔵

講談社 2024.08.26読了

 

者の松永さんが会見で「オモロイので」と語っていた通り、オモロくて何よりバリ読みやすかった。いや、『バリ山行』の「バリ」はこの意味じゃないのよね。タイトルを初めて目にした時は私は「とても」のような協調の意味で使う「バリ」かと思っていた。しかしタイトルのこの「バリ」は「バリエーションルート」のことだという。つまり、通常の登山道ではない熟練者向きの難易度の高いルートや廃道を進む山行のこと。

 

員が50人ほどの会社に転職して約4年となる波多は、なんとなく仕事をしてなんとなく家庭を保ち、特に目立つこともなく普通に生活していた。登山好きな社員からの誘いで山登りを始めたが、仕事を忘れてスカッとして気分が良くなるからか社内でも登る人が増え、いつのまにやら登山部が出来た。

 

業二課の妻鹿(めが)さんが登山部に参加することになった。いや、メガって…。いつも思うのだけれど、小説家が作り出す(というか実在はするのかもしれないけれど)固有名詞にはいつも唸らされる(例えば免色さんとかね…)。彼は社内では少し浮いた存在。そして彼はバリをやっているらしい。

 

められたレールの上を進む人生ではなく、自分で自らの道を切り開くのは、困難が待ち構えていようとも、いかに気持ちよく充実したものなるのか。波多はそんな風に思うようになるが、それでも中小企業に勤める彼は思い切って会社を辞めることはしない。日本の大多数のサラリーマンの心理が描かれているから、この本は多くの人に共感されるのかも。

 

鹿さんと2人でバリ山行をした後からの波多は明らかに変わる。周りの人からの視線や会社における小さなことを気にしなくなる。強くなる。しがないサラリーマンの、その縮こまっていた気持ちが大きく自信に満ちてきて、それが文体にも表れる。走っているわけでもないのに疾走感が漂い、ラストまで突っ走る様がお見事。

 

快感がたまらない。終わり方もすごく好き。ミステリやサスペンス的なおもしろさではないけれど、純文学でこれだけストーリーがあるオモロイものはなかなかないかも。結局妻鹿さんは最後に何を言おうとしていたのだろう。読み終えて一日経っても私はそれをずっと考えている。

 

比奈秋さんの『サンショウウオの四十九日』と共に第171回芥川賞を受賞した作品である。良い意味で芥川賞らしくなくて近年稀にみる読みやすさ。個人的にはわけがわからない観念的で妙ちきりんな純文学も好きだけれど、人に薦めるのならダンゼンこの『バリ山行』だな。

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