書に耽る猿たち

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『蒼き狼』井上靖|50歳になったときに狼になっていたい

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蒼き狼井上靖

新潮社[新潮文庫] 2025.10.23読了

 

上靖さんの歴史モノを読むのは初めてである。いくつか名作はあるようだが、今年の6月に百田尚樹さんの『モンゴル人の物語』1巻を読んでチンギス・カンの人生に感銘を受けた(1巻はカンが40歳になった頃までの話だ)ので、まずはこの本から。意気込んでこの文庫本を買ったはいいけど、歴史物って読み始めるのになかなかふんぎりがつかなくてだいぶ寝かせていた。読み始めるとのめり込んじゃうんだけどね。

 

の作品は、モンゴル帝国を築き上げたチンギス・カンの壮大なる歴史小説である。1162年に、父エスガイ、母ホエルンとの間に生まれたテムジン。激しい闘争を何度も繰り返し全蒙古を統一、さらに欧州にまで手を伸ばそうとした65歳で亡くなるまでの生涯が書かれている。百田さんの本を読んでいたから物語にスムーズに入り込むことができた。それにしても登場人物が多すぎて、人の名前なのか土地の名前なのかちんぷんかんぷんになってしまう。

 

上さんが作品の中で本名・鉄木真(テムジン)として登場させるのは小説の真ん中ほどまでだ。蒙古高原を統一し全モンゴルの汗(カン)となってからは、成吉思汗(チンギスカン)となる。チンギスカンとは、モンゴルの主権者としての名称なのだ。私としてはテムジンという呼び方のほうがしっくりする。

 

ンはいかにして領土を広げて征服したのか、どんな想いが彼をここまで突き動かしたのか。それは(著者の想像では)自分が何者なのかを知るため、そして「50歳になったときに狼になりたい」と思ったテムジンの熱意だったのだ。自分は父エスガイの子供ではなくもしかしたらメルキト族の血が流れているのかもしれないという生涯付きまとった疑惑を晴らすため、自分に流れる血の秘密を暴くため。というよりも自分自身が納得できるまで。

 

ルテという愛する妻がありながらも、メルキト族の娘である忽蘭(クラン)という美しく聡明な女性を愛し続けた。一貫して冷酷なチンギスカンであるが、母ホエルン、妻ボルテ、そして忽蘭、彼女らに対しては頭が上がらないというか敵わなかったような気がする。

 

ュチに対する気持ちの正体を「愛情でもあり、また憎しみでもある」と感じ「それらは時と場合によって一緒に混じり合って複雑なものとして現れることもあった」としている。自分にモンゴルの血が流れているかわからなかったのと同じように、自分の血を持っているかわからない自分の息子の気持ちを歳を重ねてはじめて理解できたのだろう。

 

みどころはたくさんあるが、なかでも、ホエルンの二度の怒り、カンの慟哭シーンには胸が震えた。漢のロマンがたくさん詰まったこれ以上ない英雄譚である。

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伝的作品や現代ものは数冊読んだが、それらに負けず劣らず歴史ものも井上さんはすごかった。膨大な歴史書を紐解いてこのような作品に仕上げるのは至難の技だ。

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