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『猟銃・闘牛』井上靖|大衆的なテーマにも文学性が息づく

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『猟銃・闘牛』井上靖

新潮社[新潮文庫] 2024.11.11読了

 

先日井上靖さんの『しろばんば』を読み、その類まれなる物語性と文章に心を奪われたので早速初期の作品を読んだ。

 

 

『猟銃』

これは井上さんの処女作で佐藤春夫さんが絶賛した小説である。これが初めての作品とは思えないほど物語として完成度が高い。語り手が猟銃雑誌に詩を載せて云々という出だしが特に素晴らしく、一気に引き込まれた。

 

13年間不倫をした男性の元に、3通の手紙が届く。愛人の娘、自身の妻、そして愛人から。3人の女性らの想いがそれぞれ異なる筆致で表される。私自身女性だからある程度共感を持ちながら読めたが、これを書いた井上さんは想像して書いたのだろうかと思うと信じられない気持ちだ。それとも、男女の気持ちに差はないのだろうか。手紙を読んだ男性が何を思ったかは明かされてはいない。

 

カモシカを漢字で書くと「羚羊」だということを初めて知る(もしくは意識していなかったか)。まだまだ知らない日本語や漢字が存在すると思うと、人間何歳になっても学ぶべきことは多く、知識欲が尽きるまでは読書は果てしなく続く。

 

 

『闘牛』

こちらは芥川賞受賞作(第22回・1949年下期)である。社運を賭けて新聞社で闘牛大会を開く過程を取り扱った小説である。芥川賞よりも直木賞になりそうなテーマである。そもそもこういう作品が芥川賞になっていたんだなと過ぎ行く時代の変わりようを感じた。全体を通して、土臭い、男くさい、ふつふつと湧き上がる闘志のようなものが漂う。

 

事業に失敗したと知った時の田上の、寂寥感と敗北感、その後のどこか冷静な客観視が潔くかっこいい。何か大きなことに失敗したときに感じる、一種の諦めと襲ってくる開き直りのようなもの、これは次の挑戦に大事な要素であり人間を成長させる。

 

読み始めは「こんな感じか」という程度だったが、クライマックスの収まり方が見事で、やはり物語を作るのが上手い。代謝(たいしゃ)色という褐色を帯びた赤や黄よりの茶色の牛の姿が駆け巡る様がありありと目に浮かび、感傷的な気分になった。

 

 

 

表題作2篇の他にもう一つ、『比良のシャクナゲという短編が収められている。80歳に近い老人が、自宅を飛び出し一人思い出の地で人生を振り返る作品である。少し前に読んだ筒井康隆著『敵』に少し通じるものがあった。

 

『闘牛』を読んだ時に芥川賞らしからぬと思ったのは、大衆文学的な匂いがするそのテーマにあるかもしれない。それでいて文学性は極めて高い。井上さんが多くのテーマを文学の中に咲かせたのは、新聞社で社会部、学芸部を経験した14年間があったからこそであろう。

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