書に耽る猿たち

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『氷壁』井上靖|人間を信じるということ

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氷壁井上靖 ★

新潮社[新潮文庫] 2024.12.19読了

 

井上靖さんの『しろばんば』を読んで、文豪のとてつもない力量に打ち震えた。続編の『夏草冬濤』を準備してはいるがなんとなく今は少年の気持ちに寄り添う気分ではないのか、大人が主人公のこの作品を読んだ。おそらく一つ前のマッカラーズの小説が12歳少女の視点だったから、続けてはちと控えようと感じたのだろう。

 

て、この『氷壁』は、井上靖さんの中間小説と呼ばれる作品群のなかの一つで、文庫本は114刷を超えている。1955年に実際に起きたナイロンザイル事件を元にしてフィクションにしたものだ。当時はベストセラーになり翌年には映画化された。なるほど、今読んでも抜群におもしろかった。井上さんの文体を味わうというよりも、ひたすら物語世界に没頭した。『しろばんば』がゆっくり味わいながら読む名作ならば、この『氷壁』は早くページをめくりたくなるストーリーテリングに秀でた名作といえよう。

 

津と小坂は登山仲間である。世間の登山家の一部からは、新鋭の若手登山家として知られていた。年末年始に前穂高の難所に挑んだ2人だったが、ナイロンザイルが切れて小坂が墜死してしまう。

 

れるはずのないナイロンザイルが何故切れたのか。小坂が自殺したという説、魚津が自分が助かるために切ったという説、ザイルの性能が劣っていた、またはザイルの扱いをぞんざいにしたからという説。周りはなんとでも言う。小坂が自らザイルを切ったかもしれないというのは、ある女性との関係が絡んでいるからという意味もあるのだ。

 

京・新橋駅近くに「田村町」という町名があった時代である。私の勤務先は新橋にほど近いので、今でも田村町という名を冠にしたお店があるのを知っている。魚津(うおづ)が勤める会社はその新橋にある。

 

めはけったいな上司だと思っていた常盤大作が非常にいい。会社でこんな上司がいたら心強い。彼には人間力がある。特にナイロンザイルの実験の後、川沿いで待っていた魚津と話すシーンが胸を打つ。こんな先生みたいな熱い上司がいるだろうか。

「人間を信じるということは、その人間のやった行為をも信じるということだ」

「おれは君を信じる!おれは君を信じるから、君は八代教之助を信じろ。いいか」

 

た、美那子の夫・八代教之助と常盤との会話で下記の部分を読んでその通りだと感じた。外見的、肉体的に衰えるのは仕方ない部分はあれど、生活スタイルが若さの秘訣でありそれがその人の年齢を決める。自身も気をつけようと思った。

年齢というものには、元来意味がありませんよ。これは私の持論なんですが、若い生活をしている者は若い。老いた生活をしている者は老いている。ーこう私は考えています。(288頁)

 

岳小説というよりも、社会派サスペンス小説のようだ。恋愛要素や男同士の友情がドラマティックに描かれているから読む者を魅了する。ここには「人間」が書かれているのだ。魚津をとりまく2人の残された女性のことを考えると悲しみとやるせなさが残るが、女性は強いから大丈夫。

 

 

今年の投稿はこれが最後となる。年内に読んだ本はあと2作あるけどそれはまた来年に。2025年も皆様にとって素敵な本との出会いがたくさんありますように。

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