
文藝春秋[文春文庫] 2025.10.20読了
これは、人ひとりを殺したら死刑になる世界の物語である
こんな文章が序文にある。日本には死んでお詫びをする文化があり死刑が日本の文化として認知されているという、なんとも言えない世界を想定して書かれた小説である。どんな事情があれ、人をひとり殺したら無条件に死刑になってしまう。「いやいや、人の生死を決めるのにそんな機械的なのはないでしょ」と思いながら読み始めるも、結構のめり込んでしまう。
無論現実にはこんなルールは存在しない。何をしたら死刑になるかというのは明確にルールづけられてはいない。特定の犯罪には最高刑に死刑が定められてはいるが、それは単純には図れなくて、よほどの重大犯罪でない限り、1人を殺しても死刑にはならないのが判例である。この本には、厳罰化がすすんだ日本社会で起きた5つの事件が収めらる。冒頭の「人ひとり殺したら死刑」という世界だからこそ起きてしまったこと。
緻密な構成と無駄のない研ぎ澄まされた文体が発揮され、どの短編もさすがは貫井さん、上手いなぁという印象だ。ただ作品による出来栄えは結構差があるように思う。ある作品は、今年読んだ例の小説(期待外れだったあれ)に設定が似ていて、嫌でも思い出してしまった(という自分勝手な感想…すみません)。
貫井さんらしいと感じたのが、中学生のいじめ問題を扱った『レミングの群れ』だ。いじめを苦にして自殺した子供のニュースが報道され、いじめを行った加害者が殺害される事件が連鎖する。人をひとり殺せば国家が自分の命を絶ってくれるということで、自殺志願者が増えるという。死刑は廃止したほうがいいのか存続するべきかという問題は、答えが出なくとも誰しもが考えさせられる。この作品の最後のからくりに戦慄が走った。怖い!この次の作品『猫は忘れない』と対になった作品である。
表題作の『紙の梟』は一番長くて中編の部類に入るだろう。恋人が何者かに襲われて亡くなった。それだけでもいたたまれないことなのに、亡くなった彼女は自分に対して名前や過去を偽っていたのだ。真実を確かめていくミステリーとなっているが、罪の重さと赦しが対になっており、重厚な人間ドラマが展開されて読み応えがあった。最後はいささか強引になった感じが拭えないのだが…。