書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『地に這うものの記録』田中慎弥/ネズミとの和解は如何に

f:id:honzaru:20200421145216j:image

『地に這うものの記録』田中慎弥  ★

文藝春秋  2020.4.22読了

 

中慎弥さんの作品ってどうも中毒性があるようで、つい気になって読んでしまう。これは今月の新刊である。本を持ち上げた瞬間、見た目の厚さに反してずっしりと重い。ハードカバーの紙質もそうだが、1枚1枚の紙自体も厚いようだ。こだわって作っているのかしら?日本人作家の本でそんなに厚くないのに、2千円超。普段、本の価格は気にしないのだけれど珍しいなぁと。まぁ、何にせよこだわりがあるのはいいこと。

んと、言葉を喋れる「ポール」という名のネズミが主人公なのだ。『吾輩は猫である』の語り手が猫であるように。僕の名前はポール、で始まるこの物語、最初の一文からすでに私の心を鷲掴みにした。駅前一号ビルに住むポールは、ビル解体に危機感を抱く。解体後に新たなビルを建てて欲しいのがネズミの本音であるが、公園になるという案もある。そこで新ビル建設に肯定的な市議会議員浦田さんに人間の言葉で声をかけ、人間と「和解」することを夢見てポールの奮闘が始まる。

ぁ、理屈っぽい文章である。まどろっこしくて、結局何が言いたいの?はっきり言え!と言いたくなるようなポールの物言いは、まるで町田康節にも通じるものがある。これは読者を選ぶだろうな。でも、私は結構好き。まるで、言葉遊びをしてる感覚。そしてポールの言葉を通して、人間に社会の歪みと今後の展望を説いていく。途中から人間以上に人間味が出てきて、なんだか切なくなる場面もあった。喋ることが苦手で大嫌いなあの田中さんが、心の内にこういう気持ちを秘めているんだと思うとそれだけで興味深い。

ズミは歴史上でも、はるか昔からよく登場する。先日カミュの『ペスト』読んだばかりだからすぐに連想したが、実際にこの作品の中でもペストについて言及されていた。ネズミはペストをばら撒き、農作物に被害をもたらし、人間にとって悪の元凶のイメージ。

間は二足歩行だが、ネズミのような4本足で地面にピタッとくっついて這い回るような生き物は、やはりそれだけ地球を理解する能力に長けているんだろうと思う。ネズミやゴキブリなんて、人間よりよっぽど生命力が強い。人間が最強の生物だなんて人間の奢りである。

ズミって、小汚いイメージなのに、何故か利口でずる賢いキャラクター設定が多い。『ゲゲゲの鬼太郎』のネズミ小僧、『100日後に死ぬワニ』に出てくる友達のネズミくん、そしてバンクシーが描くネズミ(本作の表紙はバンクシー作品らしきネズミの絵)。極めつけは、世界で最も有名な「ミッキーマウス」という愛嬌のあるキャラクターを、ネズミで仕上げたのである。人間は実はどこかでネズミのことを認めているのだ。一緒に共存しよう、和解しようと言うかのように。

中さんの紡ぐ言葉や文章、文体はなんとも味わい深く、文字通り噛み締めるようにして読む。そう、ネズミのごとくカリカリと。私にとって田中さんは、常に追いかけて行きたい方で、作者本人にもとても興味がある。好き嫌いがはっきり分かれると思うけれど、田中さん、信念を通してずっと書き続けてください。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com