文春文庫 2021.1.31読了
およそ100年前にスペイン風邪が流行した時、菊池寛さん自身の経験を元にして短編『マスク』が生まれた。身体が弱いことを医師に指摘された菊池さんは、徹底的に予防をする。なるべく家から出ない、うがい手洗いをする、外出時にはガーゼをたくさんつめたマスクをかける。
今の私たちと何ら変わらない光景だ。特に持病があると悪化すると言われる感染症だから、余計に慎重になる。あったかくなりそろそろ感染もおさまった初春の天気の良い日、野球を観にいった菊池さんが見たのは黒いマスクをつけた男性だった。男性は徹底した強者となり行く手を阻む。どうしてか、菊池さんは負けたかのよう嫌な気持ちになった。人間の心理をうまく表しており、本当に短い作品なのだがやはり上手いなぁと思う。
解説で辻仁成さんが、黒マスクをした中国人をフランス見た時に、恐ろしい視覚的印象を持ったそうだ。「黒マスク」に対して。思えばこの新型コロナウィルスも中国から始まったし黒マスクもおそらく中国人が最初に付けたのではないか。中国が色々な意味で全ての先端を担っていると言っても過言ではない。
ちなみに、文庫本の帯を外すとマスクをつけていない菊池さんのイラストが。時代に便乗して刊行した本だけど、なかなか上手く作っているよなぁ。イラストでさえ、マスクをしていると表情がなくなり少し怒っているように見える。やはりマスクは人の表情を隠ぺいする。
他にも感染や死をテーマにした短編が8つ収録されている。どれも読みやすい。句読点の位置が菊池さん独特であることも久しぶりに読んで思い出した。『身投げ救助業』という老婆の話が印象に残った。自殺を助けたのに相手から感謝をされない老婆は、自らが自殺をしようとした時に他人に助けられてしまい、その気持ちがわかったという話だ。
一貫して言えるのが、菊池さんが描くラストの秀逸さだ。全て終わり方が唸るほど上手いのだ。きっと落語やコントにも才能を発揮しただろう。
さて、もちろん私も、今日もマスクと除菌スプレーは欠かせない。私は黒マスクを持っていない。だいたい、白もしくは薄めの色を好んで着ける。