書に耽る猿たち

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『ガープの世界』ジョン・アーヴィング|人間が生きることの全てがここにある

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ガープの世界』上下 ジョン・アーヴィング 筒井正明/訳 ★

新潮社[新潮文庫] 2024.08.17読了

 

つか読みたいなとずっと思っていた作品。西加奈子さんを始めとして多くの方が絶賛し、アーヴィングの名を世界中に知らしめた作品だ。自伝的小説ということで、アーヴィングの人生を想像しながら読み耽った。

 

ープよりもまずは母親のジェニー・フィールズがぶっ飛んでいて強烈。戦争で受けた重症のせいで意識不明のまま寝たきりになっていた三等曹長のガープの看護をすることになった彼女は、子供を宿すのにうってつけだと、半ば無理矢理に性行為をし、その一度きりの行為からガープを産むことになった。いや、この場面を読んでいて衝撃的だった。例えるなら、ギュンター・グラス著『ブリキの太鼓』で、広がったスカートの中で暮らしていた人がそこで子供を作ってしまったという挿話を読んだ時の感覚だ。

 

ィーンに住んだ時にガープが書いた短編『ペンション・グリルパルツァー』という作品が、作中作として挿入されている。もしかしたらこれがアーヴィングの処女作『熊を放つ』に近いのかなと思っていた(熊が登場するから)が、解説を読むと『熊を放つ』は作中の『遅延』と一致するらしい。それにしても、『ベンセンヘイパーの世界』が大きな売れ行きだったと書いているのは、つまりこの『ガープの世界』が爆発的に売れることをアーヴィング自身も予期していたのだろう。符合は多いがアーヴィング自身の来歴を辿ると異なる点も多い。そもそもまだアーヴィングはご健在だ。

 

ープ夫妻とフレッチャー夫妻の奇妙な関係が終わりを迎えた時、ガープは小説家の心得というか、すべての芸術家の知っておくべきことをこう述べている。「人間にはなにかを最後までやり、また別のことを始めることによってしか成長しない」なるほど、その道を極めて終わりではなくその先があるのか。こういう教訓がいたるところにあり唸らされる。

 

レンが大学生と愛人関係になり、それがガープにバレてしまったときの感情はこうだ。「ガープは彼女を憎みながら、同時に心から愛している微妙な地点だった、そしてある程度同情を感じてもいた」なんだかこの気持ち、すごくよくわかるような。不思議だけど、一人の人間を好きでいることは色んな感情が一緒くたになることなんだよな。

 

ープは出来上がった小説の原稿をヘレンを始めとして何人かの近しい人に読んでもらう。作家ってみんなそうなのだろうか?作家はひたすらに孤独に書き続け、編集者にはじめて見せる人がほとんどかと思っていた。しかしガープの作家の始まりは、ヘレンへの手紙であり、自分の文章を見せる相手が決まっていた。すでにそこから物書きだった。

 

レンの不倫の結果とても大きな事故が起きたり(それも人生を大きく変えてしまう)、政治的な動きや殺人も起こる。誰の人生にもいろいろなことが起こり、喜怒哀楽を繰り返す。有頂天になり、呆然とし、また這い上がる。それがまさしく人が生きるということ。

 

頁がとてもおもしろかった。おもしろいというより、むしろ上手さの方が際立っているかも。まぁ、べらぼうに上手いのだ。まるで井上ひさしさんの『吉里吉里人』を読んだときのような「これこそプロの小説家にしか書けないな!」という感覚。ユニークでウィットに富んだ言い回しと、巧みなストーリーテリングに引き込まれた。   

 

ーヴィングの本は『ホテルニューハンプシャー』(タイトルからしてこれが『ペンション〜』だよな)しか読んでいないと記憶している。アーヴィングの名作と謳われているが、当時はそんなに惹かれなかった。でも今回読んでみて、やはり現代アメリカ人作家で5本の指に入ることを確信した。他の数多くある作品(長編が多いけど)をこれから少しづつ読んでいけるのが楽しみだ。