書に耽る猿たち

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『めぐらし屋』堀江敏幸|蕗子ではなくて蕗子さん

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『めぐらし屋』堀江敏幸

新潮文庫 2021.8.20読了

 

ぐらし屋ってなんだろう。想像をめぐらせる夢想家なのか、屋とついているから何かのお店なのか。タイトルから小説の中身を思いめぐらせること、これもなかなか楽しい。

親を亡くした蕗子(ふきこ)さんは、父親が住んでいた家で荷物整理をしていると、あるノートをみつけた。そのノートには蕗子さんが子供の頃に書いた絵が貼ってあり、懐かしさを憶える。そしてノートには「めぐらし屋」と書いてあった。

の小説がやわらかくのんびりと、そしてあたたかく感じるのは、蕗子さんのおっとりとした性格や父親をはじめとする登場人物が優しいからだけではない。主人公蕗子のことを「蕗子さん」と、さんづけで呼んでいるのが大きい。読んでいくうちにこれは蕗子じゃなくて蕗子さんじゃないとダメなんだよなぁと気付く。

親が何をしていたのか、自分の知らない父親の想いと生き方について、関わる人たちから少しづつ聞いていくことで、蕗子さん自身に少しづつ心境の変化が表れる。いつもの堀江さんの作品同様に物事を丁寧に大事に扱っている。何気ない動作も他愛もない出来事も堀江さんの手にかかると味わい深く愛しいものに様変わりする。

人が登場しない小説は、なんとなくつまらなく感じたり、偽善じみていると思ったり、ちょっと物足りなく感じるのに、堀江さんの作品ではそういうふうに思わないのが不思議だ。

江さんの文章ってどうしてこう読んでいて落ち着き心地良いのだろうか。今年初めて読んだ作家の方だがもう5冊め。歌人・作家の東直子さんの解説によると、堀江作品のことを「身体に沁みた言葉が深いところで光り、病みつきになるのだ」と書いている。まさに、これ。病みつきになるのである。

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