書に耽る猿たち

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『椿宿の辺りに』 梨木香歩 / 少女の感性で描かれる大人のための小説

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『椿宿の辺りに』 梨木香歩

朝日新聞出版  2019.6.11読了

 

体、どんな話なんだろう?そもそも、「椿宿」って何と読むのだろう、つばきやど?つばきしゅく?地名であろうか。帯に書かれてあるキャッチコピーも、てんでばらばらな単語が並び、よくわからない感が満載である。家の治水と三十肩と鬱。でも、古事記とか稲荷とか、自分が好きそうな単語もチラホラとある。パラパラと捲ってみる。

説って、書き出しが本当に重要だと思う。初読みの作家ならなおさらのこと。

冬の雨というのは、例えば半日やそこらの短い間なら、そして凍える思いで傘をさす日の霙混じりのようなものでなければ、むしろ空気を清澄にし、世界の塵を払うよいきっかけとなるものだ。だが、それも丸一日続くとなると、夕方になる頃には気が滅入ってくる。ただでさえ鬱傾向の身である。落ち込むのは早い。

に入った。ここ最近のどんよりとした梅雨空を憂さ晴らしするような、爽快な始まりとテンポの良さ。そして、鬱傾向、って現代人が大好きなテーマだと思う。数々の痛みを身体に生じてしまった山幸彦(やまさちひこ)と、従妹の海幸彦(うみさちひこ)、そして二人を取り巻く親族たちの過去を探る物語である。自分達に由来のある土地、祖先、霊魂にまつわる壮大なスケールにまで話が及ぶ。誰しも、自分の誕生の由来や先祖を辿ることは本来必要なことなのではないだろうか。全てがあれよあれよと繋がっていき、一種のファンタジーのようであった。最初に予感した類いの小説ではなかったが、最近あまり感じない、ふわふわと宙に浮いたような独特の感覚になった。

して梨木香歩さんの小説を読むのは初めてではない。ずっと昔(読書記録をつける前だから、きっと20年以上前)、『西の魔女が死んだ』だったか『からくりからくさ』を読んだはず。確か児童文学で子供向けのような話だったと思う。児童文学だと思ってはいたけれど、たまたま書店で新刊が並んでいて、この表紙にひかれて手に取った。この作品は、明らかに大人のための小説。だけど、作者は少女のような感性を持ち続けているんだろうなと思わせる。小川洋子さんや江國香織さんに近しいように思う。もう一度キャッチコピーを見ると、「重くて軽快」、まさにそんな感じ。

ころで、ところどころのエピソードはそれなりに知っているが、実は『古事記』はまだちゃんと読んだことがない。気合を入れて、現代版古事記をそろそろ読んでみよう。日本最初の歴史書を理解すれば、きっと、読書の幅がもっと広がるだろう。