書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹|自信と勇気を持ちなさい

f:id:honzaru:20230411071339j:image

『色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹 ★

文藝春秋[文春文庫] 2023.4.13読了

 

の良かった4人が突然つくるの元から去ってしまった。その理由を尋ねると「自分で考えればわかるんじゃないか」「自分に聞いてみろよ」と言われる。理由もわからぬまま、今まで仲良くしていた人物から総スカンを食らったら。仲間から絶縁されたら、誰だって思い悩み、自殺したくなるという気持ちにもなるだろう。

 

生長く生きていると、突然連絡が取れなくなったことや、そっけない態度をとられたことは一度や二度はあるだろう。でも大抵自分で理由がわかっている。何か嫌なことを言ってしまったり、機嫌を損ねる態度を取ったり、思いやりがなかったり。男女間の出会いの場で会った場合には、そもそも見た目が好みじゃないというだけで音沙汰なくバイバイということも往々にしてある。

 

かしつくるにとっては、晴天の霹靂だった。あんなに仲が良かったのに、どうして。すべてにおいて中庸で、色彩が希薄な田崎つくるが作品の主人公である。16年前のこの出来事がきっかけとして人生が大きく変わってしまったが、沙羅に会うことで過去に向き合うようになる。リストの曲「巡礼の旅」さながらに、彼の過去に決着をつけ、これからの生き方を自分なりに探っていく。

 

カと会うシーンでは、アカは例え話として「手の爪もしくは足の爪をペンチで剥ぐ」と話す。あぁ、北九州監禁連続殺人事件の松永の拷問を思い出してしまう。最近読み終えたばかりだからだろう。でもなんか、村上さん自身も、あの事件からこの場面を連想した気がしてならない。

honzaru.hatenablog.com

 

くるは「おれは内容のない空しい人間かもしれない」と思う。しかし同時にまた、空虚さがあることで人の哀しみを埋め、居心地がよい窪みを作れるとも思う。「懐が深い」という表現があるけれど、これに近いのではないか。

 

「生きている限り個性は誰にでもある。それが表から見えやすい人と、見えにくい人がいるだけだよ」(358頁)

エリはつくるにこう言う。君に欠けているものはない。自信と勇気を持ちなさい。前に進めば、きっとこの先の道は開けるのだから。

 

庫本なのに珍しくあとがきや解説がない。まるでサリンジャーの作品のようだ。この作品を最初に読んだのは刊行間もない頃、単行本だったが(単行本はすでに手放している)、いま改めて読むと以前よりもさらに夢中になれた。この独特の浮遊感、たゆたうのに寄り添える文体が心地良く、やはり村上春樹さんは別格だ。強烈な喜び、悲しみ、怒りもないのに、どうしてか真に迫ってくるのはなんでだろう。

 

上春樹さんの3年ぶりの長編小説が先日発売になった。少し前から書店にも彼の作品群が山積みになっている。ひとまず彼の世界観に浸り自分なりの予習をしてから新刊を読もうという軽い気持ちが、沼にはまってしまった。それも心地よい沼。2〜3週間は、『街とその不確かな壁』の話題に尽きないだろうが、私は少ししてから読むことにする。

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com

honzaru.hatenablog.com