書に耽る猿たち

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『檜垣澤家の炎上』永嶋恵美|ネット用語の炎上ではない、舞台は大正時代

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『檜垣澤(ひがきざわ)家の炎上』永嶋恵美

新潮社[新潮文庫] 2024.08.22読了

 

近の芥川賞受賞作を買うために書店に行ったら、文庫新刊の棚で見つけた。失礼ながら永嶋恵美さんという方のことは知らなかったが、帯にある『細雪』『華麗なる一族』に惹かれてしまう。どちらも大好きな小説だし、これに殺人事件が絡むなんておもしろいに違いない!と。それから「檜垣澤家」というのもまた。「赤朽葉家」とか「大鞠家」とか、そして言わずもがな「犬神家」。たいそうな苗字がついたタイトルは、ハズレなしにおもしろいと勝手に思っている。

 

して「炎上」。今であれば間違いなくインターネット上の炎上を想像する人が多い。つまりあの宇佐見りん著『推し、燃ゆ』の炎上ね。しかしまてよ、これは大正時代の出来事。文字通りの炎上であるならば、この邸宅が燃えてしまうのか、はては登場人物たちもちりじりになってしまうのか。

 

浜にある大富豪・檜垣澤家の当主と妾の間にかな子という娘がいた。妾である母親が亡くなった後、かな子は檜垣澤家に引き取られる。この家は、大奥様スヱ、奥様の花、そして花の娘たち三姉妹の渦巻く三代の女系家族だった。ある時不審な死を遂げた叔父。この家には何か秘めたる謎があるのか。かな子はなんのために引き取られたのか。自分の居場所を求めてかな子は強く生きる。

 

性たちが皆したたかである。特に語り手のかな子が一番計算高く世渡りが上手いのではないか?檜垣澤家の重要ポストを虎視眈々と狙っているような…。産まれがそうさせるのか、自分の人生をなんとか成功させるべくひたむきに生きる姿を見ていると、女は強しとまたもや思わされる。誰が味方で誰が敵なのか、ミステリ要素も抜群だった。  

 

構分厚い文庫本だったが、とても読みやすく、何よりも「この先どうなるのか」が気になって飽きることなく一気読みした。真相がわかった途端、急にぞくぞくそわそわ感がなくなって「普通の小説じゃん」と拍子抜けした感があったけれど。

 

う少し文学的な文体であれば水村美苗著『本格小説』に近いかもしれない。ともあれ、お金持ちのお屋敷が舞台となると、かくもおもしろくなるのかという…。そもそも大金持ちか貧しい家庭の物語は大体おもしろくなり、両極端なのよな。

 

浜が舞台である小説だったが、私自身住み慣れた地だったため馴染みのある地名と地理に懐かしい想いを馳せながら、大正時代の風景と重ね合わせて読んだ。史実も織り交ぜながらでなかなかに読み応えがあった。

 

気なく手にした知らない作家の本、それが当たりだったときの喜びは興奮する。年に数回はこういう経験ができるから、足を運んで書店や図書館に行き実際に本を触るべし!

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