書に耽る猿たち

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『霧』桜木紫乃|この世には「幸福」はなくても「幸福感」はある

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『霧』桜木紫乃

講談社講談社文庫] 2024.09.24読了

 

海道・根室水産業を営む河之辺家に3姉妹がいた。長女の智鶴(ちづる)は政界を目指す御曹司の元へ嫁ぐ。次女の珠生(たまき)は家を出て花街に飛び込む。三女の早苗は地元の信用金庫の経営者と一緒になる。この物語は珠生の視点を通して語られていく。

 

連客だった相羽(あいば)は、親方の身代わりになり警察に出頭するという。かねてから相羽に想いを寄せていた珠生は、この時点で彼を待とうと心に決める。一途な気持ちはすでにこの時からあった。健気で一途な珠生は、娑婆に戻ってきてから「組」を立ち上げる相羽と共に生きる決意をする。

 

相羽の仕事は裏側にある。相羽の船が自由に舵を取る海峡は、人と街と、いずれは国を潤してゆく。海峡には魔物が棲むとひとは言う。それはおそらく相羽重之のことだろう。魔物に家族を奪われた男は、自らが魔物に取って代わることで海への復讐を果たしているのかもしれない。(142頁)

るで、一つ前に読んでいた伊集院静著『海峡』の続きを読んでいるみたいだった。小説を読むときはなるべく似たような設定のものを続けて読まないようにしているのだが、開けてびっくり似ているなんてことがよくある。これも引きつけの法則なのか。なんて自分で勝手に名付けている。

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の小説の中で印象に残る文章があった。

この世には「幸福」などないのかもしれぬと思っていても、「幸福感」だけは在る気がしてくる。(188頁)

幸福なんて周りから測れるものではない。常に主観的なものなのだから、自分が感じるこの世にある「幸福」なんてすべて「幸福感」なのではないかと腑に落ちたのだ。だから珠生がふとしたところで感じる相羽との安らぎは、幸せだったという象徴。我慢に我慢を重ねて強く生きる女性たちの生きざまが印象的だったが、そんな中にも幸せのかけらは確かにあった。

 

木さんが極道ものを書くイメージがなかった。柚木裕子さんみたくかっこいいハードボイルドのようにはいかないかな。桜木さんが書くものは女性らしさが前面に出ているのだ。これは良い意味で。丸みを帯びたものが文体から立ち昇ってくる感じ。文庫新刊だったから3年くらい前に出たものかと思っていたら、もともとは集英社で2015年に刊行されたものらしい。タイトルは読み方だけ改題されたもので、もとは『霧』と書いて「ウラル」と読んでいた。アイヌ語で霧のことを「ウラル」というらしいが、確かに普通に「きり」で良いやんね。

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