『ワカタケル』池澤夏樹
日本経済新聞出版 2020.9.26読了
近未来SFを読んでいたから、今度は古典的な作品を味わおう。昔も昔、古事記でいう上・中巻あたりの物語だ。池澤夏樹さんは、河出書房から世界文学全集と日本文学全集を個人編集し出版している。日本全集の第1巻は、池澤さんが自ら現代語訳を手掛けた『古事記』だ。そこからこの作品『ワカタケル』が生まれた。私は池澤さん訳の古事記は読んでいないが、去年竹田恒泰さんが訳した本を読んだことが記憶に新しい。
ワカタケルの「タケル」は「猛る」の意だ。お馴染みのヤマトタケルの「タケル」と同じ「猛る」が付き、強く猛り狂うほどの荒々しさを備えた彼が倭の二十一代大王(おおきみ)となる。
古事記の神話を土台にした小説となっているのだが、日本語の美しさが文章と詩歌とともに感じられた。なかでも「文字」や「言葉」について、語源や本来の意味が太古から息づいていたのだなぁ、とある意味感動を覚えた。はるか昔の日本においても「魂」と「言葉」が持つ力は大きかった。
魂は人を離れてどこまでも行く。動くことで力となる。すなわち言霊。それに対して、紙に書かれ、木に書かれ、鉄の剣に刻まれた文字はその場を動かない。何百年も何千年も後まで残る。これもまた言葉の力。(301頁)
夢をみる力、先を見通す力を持つ女性が何人か出てくる。ワカタケルは、そんな女性たちの声を元に自らの身の振り方、闘い方を決める。移りゆく世の中では先見の明が重要だということは、やはり現代にも通じるものがある。
神話の時代の登場人物の名前がややこしく、聴き慣れない人も多いだろう。個人的に私は興味深く読めたが、古事記を(多少でも)読んだことがない人には読みにくいかもしれない。漫画で読める古事記でもいいから予備知識があったほうが楽しめると思う。
そういえば、お父様の福永武彦さんも古事記の現代語訳をされている。親子揃ってこの偉業を成し遂げるなんて素晴らしいことだ。興味を持つ対象が似ているのも、文才も、同じ血が通っている故だろう。