河出書房新社 2024.10.23読了
なにこれ、めちゃくちゃ好き。わかりみが強すぎる。
まさかさんが優しすぎて、おいおい泣きたくなる。
主人公の文乃みたいな人、日本にはたくさんいるだろうなと思う。年齢が近いから親近感を覚えるし、そもそも自分とシンクロするところが結構あるから、他人事とは思えず感情移入しまくり。
ルーティーンを愛する労務課の浜野文乃(はまのあやの)は、幸せではないがかといって不幸でもなく、波風を立てずにひっそりと生きている。文乃は「皆多かれ少なかれ、三十代後半くらいになってくると楽しいことがちょっと重くなってくる」「心が動かない平穏な状態を求めている人は少なくないはず」だと平木直理に話す。いや、わかるなぁ、ある程度歳を取ると色々と面倒になるし、楽しそうだと思いつつも翌日疲れちゃうからどうしようかなとか考えてしまう。
平木直理(ひらきなおり)、、、ひらきなおり、ってつまり、開き直りかよ!(と文乃も思う)ひょんなきっかけで編集部の平木さんと仲良くなったことで、文乃は自身の中に潜んでいた本来の自分を取り戻す。自由奔放な平木さん繋がりで知り合った「かさましましか」さん。もちろん偽名だけど回文かよ!こわい!こういう笑っちゃう名前の登場人物が色々と出てくる(しかしよくもまあ作家はこういう名前を考えつくよな…)せいで喜劇っぽく見えるのだけど、そんなことはなくこれは感涙小説だ。
チキンシンクのライブを初めて体感した時の興奮と恍惚、おさえられない熱量が文体から弾け出す。過呼吸になるほどの息継ぎのなさですんごい迫力。推しという存在ができることはこういうことなのか、と思わされる。そして、恋愛とはくだらないどうでもいいことにいちいちぐちぐち悩んでしまうんだよな、と忘れていた気持ちを懐かしみとともに覚える。とにかくなんでもかんでも気になって苦しくなっちゃうんだよねぇ。
まさかさんの言葉に泣きそうになる。
「僕らあとはもう自分にできることをして老いていくだけです。家のことも子供のことも義実家のことも考えなくていい。渡り鳥が渡り鳥に出会って、ちょっと疲れたから死ぬまで一緒に飛ばない?ってナンパしたみたいなもんです。この歳の僕らにできることはあんまり多くはないかもしれませんけど、死ぬまでまだ、結構時間はあるはずです。美味しいものを食べたり、お酒を飲んだり、深夜目が覚めちゃった時に電話することも、僕らにはまだまだできます。(中略)今は今できることを、していきましょう」
続いて返す文乃の言葉もまたいい。
「一緒に生きていくと思うと重いけど、一緒に老いで潰えていくんだと思うと、気が楽になります。何も成し遂げなくていいんだって、ただ朽ち果てていくんだって思うと、樹みたいで穏やかに生きていけそうです」(182頁)
文乃の過去も切なくなるし、こんな中年男女の純愛があるなんてこの世界もそんなに悪くはない。お互いに50代の男女が、自然に出会い自然に付き合い結果結婚した(しかもお互い初婚)、という素敵なことが知り合いに去年起きたのだが、それを思い出した。
小難しい小説やら古典名作を読み漁っているけれど(もちろん偉大な作品はたくさんありこれからも読み続けるだろうけど)、私自身は実は今こういう小説を求めていたのかもしれないなぁと妙に腑に落ちた。この前読んだ綿矢りささんの『オーラの発表会』もよかったけど、それを上回る良さだ。
コミカルでポップな派手な表紙!一見手に取らない本だけど、金原ひとみさんの小説だと知り買って読み出したら1日で読んでしまった。この前読んだdadadada....(奥泉光著『虚史のリズム』のこと)もそうだけど、な~んか気になってカバーを捲ってみると装幀が川名潤さんだったということがざらにある。好きとか嫌いとかは別にして、なんか目を引くんだよなぁ。