書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧

『なずな』堀江敏幸|赤ちゃんは周りの人との関わり方を変える

『なずな』堀江敏幸 集英社[集英社文庫] 2022.3.30読了 この本のタイトルである『なずな』は、生後2ヶ月ちょっとの赤ちゃんの名前である。道端に生えているぺんぺん草の「なずな」、春の七草の一つ。ジンゴロ先生は、どうして子供にそんな名前をつけたのか…

『異常』エルヴェ・ル・テリエ|この異常事態、どうする?

『異常(アノマリー)』エルヴェ・ル・テリエ 加藤かおり/訳 早川書房 2022.3.28読了 この小説は、フランス本国で100万部超え、2020年にゴングール賞を受賞されている。ゴングール賞とはよく聞くけれど、フランスの最高峰の文学賞らしい。2016年には、先日…

『高慢と偏見』ジェイン・オースティン|自負心と虚栄心は別物

『高慢と偏見』ジェイン・オースティン 大島一彦/訳 中央公論新社[中公文庫] 2022.3.26読了 イギリスの古典小説、それもとびきりおもしろい恋愛小説のひとつが『高慢と偏見』である。サマセット・モーム氏も世界の十大小説の一つに選んでいる。男性がこの…

角川武蔵野ミュージアムに行ってきた

一度は行ってみたいと思っていた埼玉県所沢市にある「角川武蔵野ミュージアム」を先日訪れた。住宅エリアと自然が混在する武蔵野の地に2020年11月に出来た文化複合施設である。株式会社KADOKAWAが展開する「ところざわサクラタウン」の中に位置する、アート…

『最果てアーケード』小川洋子|余韻を楽しめ、優しい気持ちになれる

『最果てアーケード』小川洋子 講談社[講談社文庫] 2022.3.22読了 ほんの数ページ読んだだけで、小川洋子さんの書く可憐で美しい、そして儚げな文体に落ち着きを感じる。心にストンと落ちていく。ゆっくりと、一つ一つの文章を噛み締めながら読んでいく。 …

『Blue』葉真中顕|知りたい欲求そのままに展開される

『Blue』葉真中顕 光文社[光文社文庫] 2022.3.21読了 葉真中顕さんの作品は、昨年刊行された『灼熱』という小説がとても評判が良いので読みたいと思っていた。単行本を購入しようか思いあぐねていたら、ちょうど先月この作品が文庫新刊として書店に並んで…

『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ|人間は一体何を見ているのか

『白の闇』ジョゼ・サラマーゴ 雨沢泰/訳 河出書房新社[河出文庫] 2022.3.19読了 突然目が見えなくなってしまったら。今まで見えていた世界が白い闇に変わってしまったらどうなるのだろう。本を読むことを何よりも楽しみに生きている私にとってこれほどキ…

『ミシンと金魚』永井みみ|圧巻の語りに打ちのめされる

『ミシンと金魚』永井みみ 集英社 2022.3.16読了 花はきれいで、今日は、死ぬ日だ。(129頁) 本に包まれた帯にも書かれているこの文章が突き刺さる。容易な言葉でたった3センテンスの短い文章なのに、妙に気になる。そして不思議と美しい。人間、死ぬ当日と…

『死の味』P・D・ジェイムズ|ダルグリッシュの過去に一体何が?

『死の味』上下 P・D・ジェイムズ 青木久惠/訳 早川書房[ハヤカワ・ミステリ文庫] 2022.3.15読了 コーデリアシリーズがおもしろかったので、ダルグリッシュ警視ものに手を出してみた。犯人や動機、トリックを探るミステリなのに、私にはどう考えても濃密…

『動物会議』エーリヒ・ケストナー|子どものために戦争をやめよう|トリアーさんの素敵な絵

『動物会議』エーリヒ・ケストナー ヴァルター・トリアー/絵 池田香代子/訳 岩波書店 2022.3.10読了 ドイツで1949年に出版された絵本で、日本でもロングセラーとして読まれている。ケストナーさんといえば『飛ぶ教室』『ふたりのロッテ』が有名であるが、…

『弟』石原慎太郎|唯一無二のかけがえのない存在

『弟』石原慎太郎 ★ 幻冬舎[幻冬舎文庫] 2022.3.9読了 私が物心ついた頃に石原裕次郎さんは活躍していたはずなのに記憶にない。報道番組で流れる昔の映像でしか私の中で裕次郎像はない。裕次郎さんの映画も1作も観たことはない。慎太郎さんはどうかと言え…

『三十の反撃』ソン・ウォンピョン|自分の未来と世界をよくするために

『三十の反撃』ソン・ウォンピョン 矢島暁子/訳 祥伝社 2022.3.7読了 どこにでもいるような普通の若者、非正規雇用で働く30歳のキム・ジヘがこの小説の主人公である。なんならキム・ジヘというありふれた名前も韓国では一番多いそうだ。カルチャーセンター…

『朱より赤く 高岡智照尼の生涯』窪美澄|苦難に満ちた波瀾万丈の人生

『朱(あか)より赤く 高岡智照尼の生涯』窪美澄 小学館 2022.3.6読了 幼い頃叔母に育ててもらったみつ(後の高岡智照)は、12歳の時、産みの父親に騙され舞妓になるよう売られてしまった。舞妓、芸妓を経て、社長夫人になり、さらに女優や文筆業まで行う。…

『ヌヌ 完璧なベビーシッター』レイラ・スリマニ|信頼しあえる他人との関係は少しずつ築いていくしかない

『ヌヌ 完璧なベビーシッター』レイラ・スリマニ 松本百合子/訳 集英社[集英社文庫] 2022.3.5読了 ヌヌとは人の名前ではなくてベビーシッターのこと。フランスで乳母の意味をもつ「ヌーリス」が子供言葉のヌヌとなった。日本ではベビーシッターはあまり馴…

『変身』フランツ・カフカ|読みながら別のことを考える

『変身』フランツ・カフカ 川島隆/訳 角川書店[角川文庫] 2022.3.4読了 もう20年以上前に読んだはずなのに、目覚めたら自分が虫になっていたという冒頭のシーンが強烈でその後どうなったかをすっかり忘れていた。ひょっとすると全部読んでいなかったのか…

『食卓のない家』円地文子|家族とは、個人とは

『食卓のない家』円地文子 ★ 中央公論新社[中公文庫] 2022.3.2読了 あさま山荘事件からちょうど50年なのか。この本を読み始めた夜、たまたまテレビの報道番組で映像が流れていたから驚いた。なるほど、だからこの作品が文庫本で装い新たに刊行されたのだ。…

『名もなき王国』倉数茂|現実と非現実の境界をしゃぼん玉のようにたゆたう

『名もなき王国』倉数茂 ポプラ社[ポプラ文庫] 2022.2.28読了 倉数茂さんという作家は初めて知った。帯に書かれた日本SF大賞、三島由紀夫賞ダブルノミネートの文字と、書店に飾ってあった「多くの書評家絶賛!」というのを見て思わず手に取ってみた。 著者…