書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『ナイルに死す』アガサ・クリスティー/文章を疑ってかかる

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『ナイルに死す』アガサ・クリスティー 黒原敏行/訳

ハヤカワ文庫 2020.10.15読了

 

すぎる。近いうち過ぎる。何がって、『オリエント急行の殺人』を読んでまだ数日しか経っていないのだ。アガサ作品をまた近いうちに読もうとは思っていたけれど、3日後に手を伸ばすとは。

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もそも彼女の作品は『オリエント急行の殺人』『そして誰もいなくなった』『ABC殺人事件』という超超有名どころしか読んだことがないはず。100冊近い数のアガサ作品で人気ベスト10には入る本作品は、ポアロシリーズの15作目で長編だ。新訳で出たばかりのようだが、文庫で1,260円はちょっと高い…。ハヤカワ文庫と創元推理文庫はもうちょっと価格下げて欲しいよなぁ。

ジプト・ナイル川のクルーズ船にて事件が起こる。美貌で資産家の令嬢リネットをめぐる様々な思惑。列車ではなく今度は船!またしても旅情を感じさせる設定、これだけでもワクワクする。本当は考古学的な視点から、もっとエジプト遺跡や歴史のうんちくが欲しいところだけれど、ポアロ作品にそれを求めるのは贅沢かな。

すがアガサ作品、頁をめくる手が止まらない。個人的に好きな文体とは言えないのだけど、やはり読ませるストーリー、ぞくぞくする探偵ものという意味では読者を裏切らない。文体を味わうという楽しみはないのだが「これはどちらの意味なんだろう?」と文章を疑ってかかる読み方になる。アガサさんが作り出す文章をじっくりと噛み締めるような。

故なら、ポアロ作品は誰が犯人なんだろう、動機はどこにあるんだろう、誰が嘘をついているんだろう、と考えながら読まないと伏線がどこに隠れているかわからないのだ。最後のポアロによる謎解きショーで、「あの時のセリフか!」と自分でも気付いていたり違和感を感じていた、と思う箇所が多ければ多いほど楽しくなる。

の作品は、前作『オリエント急行殺人事件』同様に、ケネス・ブラナーさん監督・主演で『ナイル殺人事件』として12月に映画上映される。船上ということでまたしても密室もの、そして古代文明漂うエジプトクルーズ船でのミステリということで、映像美も期待される。

『獣の戯れ』三島由紀夫/フィルター越しに見る三角関係

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『獣の戯れ』三島由紀夫

新潮文庫 2020.10.13読了

 

時は新潮社の雑誌に連載されたようだが、三島さんの書き下ろし小説として5作目の中編小説である。タイトルから想像するに、色香漂う官能的な作品かと思っていたがそういうわけでもなかった。しかし言葉と文体から立ち昇るものには艶めかしいものがある。

ィルター越しに彼らを覗いているような、そんな作品だ。学生の幸二、人妻の優子、その夫逸平の不思議な三角関係。登場人物の誰にも共感出来ず、とはいえ憎いわけでもなく、ただただ遠目に眺めているような感じだ。だから、何が起きようと驚かない。三島作品にはあまりない不思議な読後感だ。

がいつもの三島さんの小説と違うのかと考えたときに、作中の人物誰もが確固たる信念のようなものがなく宙を彷徨う亡霊のようなのだ。ただ、たゆたうようにふわりと生きている。感情もあまりないかのように。しかし独自の「死生観」だけは持っている。

んだかんだ三島さんの本は今年5冊目。どうも、1〜2か月空くと三島さんの文章に飢えて求めてしまうんだよなぁ。これが毒されているということなのだろうか。今年は没後50年で書店でもフェアになっているし、きっと映画も観たから三島さんの顔がどうにも迫ってくるのだ。

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『赤毛のアン』モンゴメリ/「想像の余地」を活かそう

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赤毛のアンL・M・モンゴメリ 松本侑子/訳

文春文庫 2020.10.12読了

 

れもまた、遥か昔小学生の時に読んだ本だ。アニメでも観たような。少女の成長物語だったと覚えているけど、中身はすっかり忘れている。いまNHKで「アンという名の少女」という『赤毛のアン』が原作のドラマが放映されていて、それがなかなか面白いらしく、つられて早速本で読みたくなった。

潮文庫村岡花子さんの訳が有名だけれど、この松本侑子さんが訳した本作は比較的新しく、そして日本で初めての全文訳になるようだ。『レ・ミゼラブル』でも思ったけど、やっぱり全文訳を読まないと私は気が済まない。

ンは愛らしく素直で明るい女の子だ。彼女の話す言葉ひとつひとつが生き生きとしていて、どんな悩みがあっても吹っ飛んでしまいそうなほどの真っ直ぐなところに誰もが心躍らせる。何よりもアンがいつも大事にする「想像の余地」によって、見える世界が変わる。想像することってこんなにも大事なことだったのか。

どもの頃はアンの気持ちに共感していたのだけれど、今読み返すとアンを養女にする老兄妹マシューとマリラの目線になる。昔は子どものいない老夫婦だと思っていたけれど、兄妹だったとは。そして、口うるさくておせっかいで、少し意地悪に見えたマリラが、優しさ故の行動だったのだと今ではとてもよくわかる。大人になってから読むことで10代のアンだけでなく、マシューとマリラという大人の成長譚にも気付かされる。

初、力仕事を期待して男の子を養うつもりだった2人が、アンの魅力に惹かれ引き取ることに決めた時、マシューは「わしらが、あの子の役に立つかもしれないよ」と言う。結局、アンにとっても、マシューとマリラにとっても双方に役立つことになったのだ。役立つというよりも、むしろなくてはならない存在になる。

ギリス文学だと勘違いしていたが、モンゴメリさんはカナダの作家さんで、作品の舞台もカナダの離島、世界で最も美しいと言われるプリンス・エドワード島だ。美しい風景と自然が織りなす調和がアンの感性をさらに豊かにする。『アルプスの少女ハイジ』じゃないけれど、幼少期は自然とともに過ごすのが一番なのかもしれない。

春文庫編集者の方にひとつ物申したいのは、注釈を各頁ごと(せめて章ごと)に入れて欲しかった。岩波文庫の『戦争と平和』(藤沼貴/訳・ちなみにこれは名訳で素晴らしい)なんかは、注釈が各章ごとにあってとても読みやすかった。しかも時代背景のコラムも随所に挟まれており興味深く読めて理解も深まった。

っかく松本さんが素晴らしい注釈を「なぞとき」という形で巻末に約100頁近くも載せてくださっているのに、毎回探し出すのはなかなか大変。物語を途中で止めたくないから、本当に知りたいもの・気になる言葉しか参照しなかったのだけれど、これは勿体ないよなぁ。

っと、ほとんどの人がこの『赤毛のアン』だけで終えて満足すると思うが(過去の私もそうだ)、『アンの青春』『アンの愛情』…とアンの人生はまだまだ続く。大人になったアンも見てみたい。

 

『オリエント急行の殺人』アガサ・クリスティー/色褪せない名作を味わう

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オリエント急行の殺人』アガサ・クリスティー 山本やよい/訳

ハヤカワ文庫 2020.10.11読了

 

国ミステリの女王、アガサ・クリスティーさんの超超有名な本作を再読した。小説で読むのはかれこれ子供の頃以来かもしれない。映画にもなり日本でも野村萬斎さん主演でドラマになったりと、世界中でこのタイトルを知らない人はいないのではないだろうか。

品が有名なため、子供の頃は勝手に「オリエント急行」はこの作品ために著者が作り上げた列車かと思っていたが、本当に実在している。作中でのオリエント急行は、イスタンブルからカレー(フランス)の豪華寝台列車である。こんな電車、いつか乗ってみたい!

早川書房クリスティー文庫では、はじめにアガサ・クリスティーさんの孫であるマシュー・プリチャードさんの文章が「よせがき」として収録されている。わずか4頁ほどの文なのだが、当時の旅行(特に電車での旅)に対する考え方や、祖母への敬意と愛情が伺われ、何より読ませる文章である。

はり古典でも名作は色褪せない!映像でも観ているからストーリーは知っているが、細かな箇所は忘れていた。本からもくもくと立ち昇るサスペンスの香りと、優雅なオリエント急行を想像する体験は読書ならでわでこれまた味わいがある。

エルキュール・ポアロ寝台列車に乗る全メンバーの証言を取る姿は、緊張感漂い読んでいても一言も聞き逃せないぞと、固唾を飲むような感じ。ホームズじゃないけど、探偵って常に観察眼が鋭いのね。ぼーっとするのは自宅だけなのかしら。

密なプロットは見事であり、読者を唸らせる仕組みがところどころに見受けられる。結末は当時は誰もが唖然としただろうけれど、なんというかこれで良かったと思うはず。ポアロの友人である国際寝台車会社重役ブークの最後の台詞もカッコいい。

週の土曜日に2017年版映画がテレビで放送されていた。ジョニー・デップ等名優揃いだった映画。私はといえばちょうどその時間「出没!アド街ック天国」を観ていたので見逃したのだが…。なんせアド街の舞台は本の街、神保町だったのだ。故意に見逃したわけだが、ふいにアガサ・クリスティー作品を久しぶりに読み直そうという気になった。他の作品も近いうちに。

『星の子』今村夏子/読んでいてずっと苦しい

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『星の子』今村夏子 ★

朝日文庫 2020.10.9読了

 

気番組「アメトーーク!」の「読書芸人」で、芸人であり作家でもある又吉直樹さんが一推ししていたのが今村夏子さんの『こちらあみ子』だ。その後『むらさきのスカートの女』で芥川賞を受賞した時には、やはり作家が才能を認めた人は本物なんだなぁと感じていた。

まで今村さんの作品は読んだことがなかったのだが、ちょうど今月から芦田愛菜ちゃん主演『星の子』が映画化されるそうで、書店に平積みされていた。愛菜ちゃんは、文学少女で頭も良く清楚で魅力的な少女に成長している。あまりテレビは積極的に見ないのだけれど「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」は結構好き。愛菜ちゃんの将来の夢は、確か医学の道に進むことだ。応援したいなぁ。

愛菜ちゃんの宣伝みたいになってしまったけど、この『星の子』は、想像以上に琴線に触れる作品だった。信仰宗教にのめり込むある家族について、次女である中学3年生のちひろの視点で描かれる物語。もう、読んでいる間、なんだかずっとずっと苦しかった。

ひろはいつも前向きで明るく過ごしている。だけど、何かが苦しい。おかしな行動をする両親や教会の行事、周りから自分や家族がどんな風に見られているかをちゃんと理解しているのに「家族」だから、ちひろは父と母のことが大好きなのだ。苦しいことの理由は多分それだ。両親にちゃんと愛されていて、愛しているとても良い子。だからこそ、苦しいのだ。

え何が対象であれ、信仰は人間の自由だ。キリスト教も仏教もイスラム教だって宗教の一つ。だから信じるものを他人に否定されたりそれが理由で避けることはあってはならない。私も小学生の時と高校生の時にそういう疑いのある同級生を見て、少し距離を置こうと思った時がある。今思えばそんな風に引き気味だった自分が嫌な奴に思える。そうだ、苦しいのは子供の目線で書かれているからという理由もある。

易で読みやすいけれど、大事なものを気付かせてくれる。それでいて隠れている真意が怖くもある文章。平仮名と漢字の使い分けが川上未映子さんに似ている。優しくリズミカルな文体が心地良い。個人的に会話文が多いのはそんなに好きではないはずなのに、何故か嫌だと思えない。

能がある人は1作品読んだだけでわかるものだ。ストーリーや構成や文章だけではなく、人の心の奥深くに針を刺すような何かを今村さんは確かに持っている。他の作品も読みたくなる、なる。

『ファインダーズ・キーパーズ』スティーヴン・キング/小説を愛しすぎた故に

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『ファインダーズ・キーパーズ』上下 スティーヴン・キング 白石朗/訳 ★

文春文庫 2020.10.8読了

 

ょうどひと月ほど前に読んだ『ミスター・メルセデス』の続き、ホッジズ刑事シリーズの2作目である。前作が面白かったからすぐに買っておきスタンバイしていた。あのメルセデス事件にまた1人絡んでいる犠牲者がいた。

作で登場したホッジズとホリーは人探しをする私立探偵社を作る。ホッジズがメインで進むのかと思いきや、出てくるのは物語のほぼ半分を過ぎてから。この作品では文学を愛するが故に犯罪を犯すモリスと、同じく文学を愛する少年ピートが主人公だ。ピートが正義の主人公だとすればモリスは悪の主人公。

リスは小説に取り憑かれている。ハーツフィールドという作家が書いたある小説の主人公が辿る展開に納得ができず、隠居した作者の家に押入り強盗し殺人まで犯す。その際に現金と未発表原稿を記したノートを盗み、トランクに入れ土中に隠す。別の事件で逮捕され30年以上刑務所にいるのだが、隠した原稿を読むという希望だけを旨に仮出獄を夢見る。

は30年ほど経ち、ピート少年はトランクを発見する。家庭の貧困事情から、中に入っていた現金を家のために父親に送金し続ける。原稿もどうにか売り捌こうとするのだが、モリスの出獄時期と重なり思わぬ展開に。

説家、そして文学を愛する人のための壮大な物語がミステリ仕立てになっている。そもそも、トランクには札束や死体が入っていることがお決まりなのに、未発表小説の原稿だなんて、それだけでわくわくする!いやはや、前作同様に夢中で読めた。スピーディな追跡劇にハラハラし、そんな中にもキング氏ならではのヒューマンドラマがある。

人をいとも簡単に成し遂げるモリスは狂気の象徴でありサイコパスとも言えるが、文学への愛情だけは本物である。愛しすぎた故の狂気。小説に深入りし過ぎた人間はどうなってしまうのかー。もしかすると、読者をここまで夢中にさせるなんて、作家からするとある意味本望なのかもしれない。現実よりも虚構を信じてしまうほど、リアルで共感できるキャラクターを生み出すのだから。

の「ファインダーズ・キーパーズ」はホッジズの私立探偵社の名前であり、諺(ことわざ)で「落とし物は拾い物、無くしたら泣きを見る」という意味があるようだ。本当に、例のトランクそのもの。私が何か落とし物を見つけたら、、拾わずに無視することがほとんどだと思うけど、拾ったら幸か不幸か今後は考えてしまうなぁ。

んな風にシリーズが続いているのか、と唸る設定だ。もちろん本作だけでも充分楽しめるのだが、出来れば1作目から読むことをお薦めする。ここで彼らが、あの空間が結びついているんだ!と妙に嬉しくなる。3部作の完結編も早く文庫になることを祈るばかり。

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『ガーデン』千早茜/人と一定の距離を保つ

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『ガーデン』千早茜

文春文庫 2020.10.4読了

 

く書店に並んでいるのは目にしていたが、千早茜さんの小説を読むのは初めてだ。なんとなく、イヤミス系なのかな?と思っていたけど、確か西洋菓子店とつく題名の作品もあったので、色々な作風があるのかなと。

早さんも、主人公と同じように植物が好きなのだろうか。作中には花や観葉植物、そして苔、色々な植物が登場する。そんな植物に愛情を捧げる青年、30歳の羽野。植物を偏愛する一方で、人間関係を作ることは決してうまくないのだが、それを憂いてもいない。むしろ、自分だけにわかる世界でひっそりと生きようとする物語だ。

物は自然に葉が生えて根を伸ばし花を咲かせる、生きている以上当たり前のことなのだが、確かにひっそりとした恐怖感はある。それは動物や昆虫と違って声を発することも飛ぶことも動くこともないからだろうか。私が怖いと感じるのは食虫植物だ。虫を食べる植物。虫をパクッと食べる動画を観たときには確かにゾッとした。

現方法が優れている。菜の花の形容がとても良い。「菜の花はちっとも花らしくない古びたクレヨンのような匂いがする」これ、わかるなぁ。どちらかというと菜の花畑にいる時ではなく、食材として菜の花を調理するときや、食べるときに感じる。また「黄色はかわいい色だけれど、こんな風に群生すると強い。春が淡いものだなんて誰が決めたと言わんばかりだ」ここで私はゴッホの絵画を思い浮かべる。確かにゴッホのyellowは、強いエネルギーを感じる。

早さんの文章はとても読みやすいから、読者を選ばないと思う。なんというか、今時の小説家という感じがする。人と一定の距離を保つ羽野を始め、取り囲む登場人物もどこか人と交わることを避けるような自分の世界を持っており、その独特の感性に共感する人が多そうだ。

にも名前があるが、文庫本の解説も尾崎世界観さんが書いている。あまりよく知らないが、クリープハイプというバンドのボーカルで、小説も書く才能豊かな人のようだ。そういえば『祐介』という自伝小説が売れていたような。

『童の神』今村翔吾/エンタメ全開の歴史小説

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『童の神』今村翔吾

ハルキ文庫 2020.10.2読了

 

163回直木賞馳星周さんの『少年と犬』が受賞となったが、有力候補と言われていたのは今村翔吾さんの『じんかん』である。選考当時からこの『じんかん』気になっていたのだが、読んだことのない作家さんだからまずは文庫本にしようと思い、本作を選ぶ。どうやらこの『童の神』も過去に直木賞候補になったようだ。

平安時代。戦国時代や江戸時代は人気もあるし題材になりやすいけれど、なかなか「泣くよ鶯(794年)」の時代の話はピンと来ない。安倍晴明(あべのせいめい)が出てきたところで、知っている人だと一安心。終わりの方には藤原道長も。

んの話だかピンと来ないのは、私がこの時代のことに疎いからだろう。酒呑童子(しゅてんどうじ)が登場するところで、どうやらこれはお伽話を元にした作品なのだとわかる。鬼を引き連れていく話だったかな。

がどんどん展開して飛び火するかのようだ。好きな人はハマるのだろうけれど、私としてはあまりのめり込まなかった。おそらく私の知識不足もあるが、エンタメ感溢れた歴史小説に違和感を感じたからかもしれない。小説は自由に書いていいはずなのに、歴史物は緻密でずっしり重たくあるべきだと、勝手に傲慢に思う自分がいる。

けど、直木賞候補に2度も選ばれるくらいだから、世間では評価されているんだろうなぁ。もっと柔らかい頭があればきっと良さがわかったのかもしれない。著者の今村さんによると、このシリーズはあと2作続くようだ。

えば時代モノは久しぶりだ。貪るように読んでいた時期もあったが、ここ数年は遠のいている。司馬遼太郎さんや吉川英治さんの本を腰を据えてじっくりと読みたくなってきた。

『心は孤独な狩人』カーソン・マッカラーズ/誰もが抱える孤独

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『心は孤独な狩人』カーソン・マッカラーズ 村上春樹/訳

新潮社 2020.10.1読了

 

んな帯の文句が書かれていたら、村上春樹さんのファンは読みたくなるもの。 たとえ、カーソン・マッカラーズさんの名前を知らなくても、フィッツジェラルドサリンジャーと並び、村上春樹さんの「とっておき」なんて。

(おし)のシンガーはどこか人を気楽にさせる、癒すことが出来る存在であり、誰もが彼のところに集まってくる。会話が出来ず、何も聞こえないというのに、シンガーに向かってみなが話しかける。シンガーは、みんなの声に耳を傾け理解をしているかのように。

当に大事なことは、もしかしたら耳からも目からでもなく、その人が纏っている雰囲気と気持ちから伝わるのかもしれない。でも、シンガーにとって一番大切な存在である同じく唖のアントナプーロスにはどうにも想いが伝わらない。それがどうにももどかしい。

メリカ南部の街でカフェを営むビフ、黒人医師コープランドアナーキストのブラント、少女ミック、そして唖のシンガーはそれぞれに苦悩を抱えながらも、もがきながら生きる。彼らの群像劇のような形で物語は繰り広げられる。決して報われることのないストーリー、黒人差別や同性愛、経済格差など重苦しいテーマもあるが、共感すべき想いやわずかな希望があり胸を打たれる。

ーソン・マッカラーズさんは今から80年ほど前に、なんと23歳という若さでこの作品を書き上げたのが信じ難い。瑞々しい感性を持ち、人間の孤独と哀しみをわずか20歳そこそこの彼女が知っていて表現できたとは驚きだ。そしてこの長さを書き上げる力。しかし、若くして文壇に登場した彼女のその後の人生は、決して順風満帆ではなかったようだ。

上春樹さんが訳した作品はいくつか読んでいるが、個人的にはマイケル・ギルモアさんの『心臓を貫かれて』が一番心に残っている。他の作品は、合う合わないがある。どちらかというと柴田元幸さんが訳す作品のほうが、自分にとっては読み心地というか感覚が合うような気がするなぁ。

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『忘却の河』福永武彦/罪を背負い生きていく

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『忘却の河』福永武彦 ★★

新潮文庫 2020.9.28読了

 

日読んだ『草の花』にとても心を奪われたので、同じく多くの人に読み継がれている福永武彦さんの『忘却の河』を読了した。

んという小説だろう。読み終えた今も、余韻を楽しむというか、ぼうっと虚ろな気分に酔いしれている。美しいけれど儚く哀しい、しみじみと心に滲み入る素晴らしい作品であった。

50代の中年男性を始めとして、彼の2人の娘、病床の妻、若い男性、それぞれの独白から章が成り立っている。各章を独立する短編のようにも読めるが、読み終えた後に全体から圧倒される物語の引力が凄まじい。登場人物それぞれが抱える孤独と悩みに痛いほどに共感できる。

り手により文体までも変えているようだ。娘2人の章では、溌剌としたエネルギーに満ち溢れた若さが感じられる。一方で寝たきりの妻の章では、生きることの希望をなくし、ひたすらぐすぐずと泣きべそをかくかのように、つらつら長ったらしい文章となっている。圧巻は中年男性だ。過去の事件や過ち、決して幸せとは言えない生い立ちを抱えた、暗くただれたような姿が文字から浮かび上がり、第1章から読者は引き込まれるのだ。

ということについて考えさせられる。司法で裁かれる罪のことではなく、自分の中の「罪」だ。人は誰しもが何らかの罪を抱えて生きていく。それは、償ったという明確な基準がないから、生きることは苦しみと共存するということなのかもしれない。歳を重ねれば重ねるほど罪は深く多くなる。

中に「リモートコントロール」という単語が出てくる。この時代にリモート?なんて思いはしたのだが、よくよく文章を見るとテレビのリモコンのことらしい。コロナ禍の現代でよく聞く「リモート」だが、略さずに呼ぶとかえってその意味が新しく感じられることがある。洋服の流行が時代と共に繰り返すように、言葉も形を変えて繰り返すのかもしれない。作品自体は古いのだが、あまりそう感じさせないのは、人間の持つ孤独や罪は不変ということだろうか。

説の終わり方もとても美しい。陰鬱な彼らの想いの中に、ひと筋の光が刺すかの如く生きる希望に繋がる。文体、構成、ストーリー全てが完璧だ。

を読んでいて、こんなふうに気持ちが高揚することは稀だ。それだけ心を打つ作品で、読み終えたくなかった。福永さんの小説はまだ2作しか読んでいないが、全集を揃えたいと思うほど気に入っている。私が書店員だったら、フェアにしてお薦めしたいし、今このブログを読んでいる方にも是非読んで欲しい。

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