書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

◇小説

『失われたものたちの国』ジョン・コナリー|「儚くなる」という表現がいいなぁ

『失われたものたちの国』ジョン・コナリー 田内志文/訳 東京創元社 2024.08.05読了 ファンタジーを単行本で買うことは滅多にないのだけれど、去年読んだ『失われたものたちの本』がめちゃくちゃおもしろくて、「あ!続編出たんだー」と書店で小踊りしてし…

『ポースケ』津村記久子|普通の人たちのただの日常

『ポースケ』津村記久子 中央公論新社[中公文庫] 2024.08.01読了 これ、芥川賞を受賞した『ポトスライムの舟』の続編なのに存在を全く全然知らなった。なんか目立たないよね?書店で何の気なしにふらふらしていたら、津村記久子さんのフェアみたいなものを…

『君の名前で僕を呼んで』アンドレ・アシマン|たぶん映画のほうが良さそう

『君の名前で僕を呼んで』アンドレ・アシマン 高岡香/訳 オークラ出版[マグノリアブックス] 2024.07.25読了 かなり密度の濃い恋愛小説だ。一言でいえばBL小説になるのだろうが、それにとどまらない一途な崇高さが溢れんばかり。相手が異性でも同性でも、…

『ふぉん・しいほるとの娘』吉村昭|激動の時代を生き抜いた女たち|長崎に想いを馳せながら

『ふぉん・しいほるとの娘』上下 吉村昭 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.07.23読了 しいほるとって、、シーボルトのことだよね?どうして平仮名で書かれているのかと真っ先に疑問に思う人がほとんどだろう。シーボルトが初めて日本に訪れて名を名乗ったとき、日…

『オーラの発表会』綿矢りさ|飛び抜けて自由な綿矢さんの新世界

『オーラの発表会』綿矢りさ ★ 集英社[集英社文庫] 2024.07.10読了 海松子と書いて「みるこ」と読む。当て字なのかと思っていたら、どうやら「海松」には「みる」と読むこともあるようだ。海と松が一緒になるなんて乙だし、こんな名前だったら素敵だなと思…

『プレイバック』レイモンド・チャンドラー|キザ過ぎるのにタフで魅力的

『プレイバック』レイモンド・チャンドラー 田口俊樹/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2024.07.08読了 チャンドラー氏が亡くなる前年に刊行された遺稿となる小説である。フィリップ・マーロウのシリーズとしては7作目で最後の作品だ。田口俊樹さんが訳された…

『フルトラッキング・プリンセサイザ』池谷和浩|現実と仮想空間のきわ

『フルトラッキング・プリンセサイザ』池谷和浩 書肆侃侃房 2024.07.06読了 タイトルの意味もよくわからないし、ことばと新人賞なるものも知らないし、著者の名前も初めて見る。それなのに手にしたのは、帯の滝口悠生さんの名前のせいだ。どんなものであれ彼…

『偶然の音楽』ポール・オースター|旅で出会った仲間とやり遂げる

『偶然の音楽』ポール・オースター 柴田元幸/訳 新潮社[新潮文庫] 2024.07.04読了 やっぱりオースターおもしろい、というか好きだわ〜。数ページ読んだだけでその読み心地の良さにホッとする。マジで憎たらしいほど心地良い。先日都内の比較的大きな書店…

『テスカトリポカ』佐藤究|猟奇的でエグさ満載なこの世界

『テスカトリポカ』佐藤究 KADOKAWA[角川文庫] 2024.07.01読了 単行本がずらっと並んでいるのを見て、この表紙が怖かった。これはなんの話なのだろう、得体の知れない恐怖が渦巻いている気がしていた。文庫になっても同じ表紙だったから少しだけ残念に思っ…

『グッバイ、コロンバス』フィリップ・ロス|青春は過ぎ去るもの

『グッバイ、コロンバス』フィリップ・ロス 中川五郎/訳 朝日出版社 2024.06.27読了 アメリカを代表する作家フィリップ・ロスが全米図書賞を受賞した作品である。重厚で濃密な文体と重苦しいテーマのイメージがあるが、ロスにしては爽やかな小説だった。な…

『女の一生』遠藤周作|長崎への想い、愛を持って生きること

『女の一生』一部・キクの場合 二部・サチ子の場合 遠藤周作 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2024.06.25読了 遠藤周作さんが長崎を舞台にして書いた大河長編小説である。『女の一生』というとモーパッサンが思い浮かぶ(まだ読んでいないよな…)。この本は遠藤周作氏…

『台北プライベート・アイ』紀蔚然|台北を感じながら、愛くるしいこの私立探偵を応援する

『台北プライベート・アイ』紀蔚然(き・うつぜん) 舩山むつみ/訳 ★ 文藝春秋[文春文庫] 2024.06.20読了 単行本刊行時から気になっていた本がついに文庫本になり早速ゲットした。どうやら第二弾が刊行されたのでそれにあわせてこの第一弾が文庫化された…

『サラゴサ手稿』ヤン・ポトツキ|半分寝ながら読むような心地、そしてようやく読み終えたという達成感

『サラゴサ手稿』上中下 ヤン・ポトツキ 畑浩一郎/訳 岩波書店[岩波文庫] 2024.06.17読了 サラゴサとは、スペインにある街で2000年以上の歴史があるらしい。手稿とは、手書きあるいはタイプライターで打った原稿(ウィキペディアより)のこと。この小説の…

『余命一年、男をかう』吉川トリコ|お金はなんのためにあるのか、自分はなんのために生きるのか

『余命一年、男をかう』吉川トリコ 講談社[講談社文庫] 2024.06.08読了 衝撃的なタイトルである。「男をかう」って「買う」ということなのかと最初思ったけれど、もしかしたら「飼う」のかもしれないな。トリッキーな感じでいつもなら読まないタイプの小説…

『関心領域』マーティン・エイミス|強制収容所に関わる人たちとその日常

『関心領域』マーティン・エイミス 北田絵里子/訳 早川書房 2024.06.05読了 アカデミー賞国際長編映画賞を受賞した同名映画の原作である。作品賞を受賞した『オッペンハイマー』の原作を読み、そのあと映画を鑑賞した(本を読んでないと理解に苦しんだかも…

『仮釈放』吉村昭|更生の意味、保護司のあり方

『仮釈放』吉村昭 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.06.02読了 つい先日、吉村昭さんの作品を読んだばかりだが、中毒性があるのかまた読みたくなった。本当は長崎を舞台にしたある小説を探していたが、書店にあったその文庫本の表紙が破れかけていた(こういうのは…

『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン|ファンタジー、メルヘンの中にリアルがある

『うたかたの日々』ボリス・ヴィアン 伊東守男/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2024.05.31読了 メロディを奏でるような、美しく詩的な文体である。ここに書かれているものはどうしようもなく悲しく苦しい物語なのに、読み終えたときには散々泣き散らした後…

『ひとつの祖国』貫井徳郎|世界に後れを取っている日本のことを考えよう

『ひとつの祖国』貫井徳郎 朝日新聞出版 2024.05.29読了 ベルリンの壁のような東西を分断する「壁」こそないが、第2次世界大戦後に日本が東日本国と西日本国に分断され、その後統一されたという、ありえたかもしれない架空の日本が舞台となっている。西日本…

『死刑執行のノート』ダニヤ・クカフカ|アンセルの孤独、人生のままならなさ

『死刑執行のノート』ダニヤ・クカフカ 鈴木美朋/訳 集英社[集英社文庫] 2024.05.26読了 こういった海外の名前を知らない作家の本は、すぐに読まないと積読まっしぐらになるよなぁ。エドガー賞(アメリカ探偵作家クラブ賞)を受賞したこの小説の著者はダ…

『最後の大君』スコット・フィッツジェラルド|苦痛からもたらされるより深い満足感を噛み締める|未完とはいえ素晴らしい

『最後の大君』スコット・フィッツジェラルド 村上春樹/訳 中央公論新社 2024.05.23読了 実は未完の小説が苦手で(たいていの人がそうだろう)、それは物語の結末がわからないことに対する苛立ちなのか、どうにも消化できない心残りなのか。読み終えたあと…

『華岡青洲の妻』有吉佐和子|憧れが憎悪に変わる時

『華岡青洲の妻』有吉佐和子 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.05.21読了 華岡青洲というちょっと大それた名前。幾度もドラマ化されたようだが、以前TBSで放映されていた『仁』というドラマで大沢たかおさんが演じた脳外科医は、華岡青洲の麻酔術を利用していたよ…

『両京十五日』馬 伯庸|中国・明の時代に詳しければ相当に楽しめるはず

『両京十五日』〈Ⅰ 凶兆・Ⅱ 天命〉 馬伯庸(ば・はくよう) 齊藤正高、泊功/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリ] 2024.05.20読了 なにやらスケールの大きさを感じさせる厳めしい表紙。ハヤカワのポケミス2000番という記念すべき番号にちなんだ特別作品…

『男ともだち』千早茜|相手を思いやる純度の高さ

『男ともだち』千早茜 文藝春秋[文春文庫] 2024.05.14読了 要は「男女間にともだちはアリ得るのか」というのがこの作品に一本通るテーマである。ともだち、というか親友かな。2人のこの関係性を表現するぴったりの言葉がないかもしれない。敢えて言うなら…

『説得』ジェイン・オースティン|その時はそうするしかなかった決断

『説得』ジェイン・オースティン 廣野由美子/訳 ★★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2024.05.13読了 ジェイン・オースティンの小説って、同じようなテーマ(ずばり結婚)ばかりだし、ストーリーも動きが少ないのにどうしてこうもおもしろく読めるんだろう。個…

『羆嵐』吉村昭|クマによる被害がよくニュースになるこの頃

『羆嵐(くまあらし)』吉村昭 ★ 新潮社[新潮文庫] 2024.05.09読了 クマってぬいぐるみにすると一番かわいい動物だと思う。クマのプーさんを筆頭にして、ディズニーランドのダッフィー、ご当地ゆるキャラくまモン、映画のおやじ熊さんTed、テディベアなん…

『小説8050』林真理子|引きこもりっていう言葉が良くないよ

『小説8050』林真理子 新潮社[新潮文庫] 2024.05.05読了 日本大学アメフト部の問題はその後どうなったのだろう。日本大学理事長となった林真理子さんは、昨年末、副理事長に辞任を強要するなどしたとして提訴されているが、その後進捗は不明だ。女性として…

『板上に咲く』原田マハ|真似を極めることはいつしか突き抜けた存在になること

『板上に咲く MUNAKATA:beyond Van Gogh』原田マハ 幻冬舎 2024.05.03読了 この小説は、渡辺えりさんによるオーディブル(amazonのオーディオブック)の朗読が高い評価を受けている。それでも私は今のところ専ら紙の本を愛好しているから、眼で追って読んだ…

『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス|子どもの目線で迫り来る恐怖、崩れゆく家庭がリアルに描かれる

『プロット・アゲンスト・アメリカ』フィリップ・ロス 柴田元幸/訳 ★ 集英社[集英社文庫] 2024.05.01 フィリップ・ロスの作品は『素晴らしきアメリカ野球』か『グッバイ、コロンバス』を読みたいと前々から思っていた。先日書店に行ったらちょうどこの本…

『ガラム・マサラ!』ラーフル・ライナ|インド人が書いた小説をもっと読んでみたい

『ガラム・マサラ!』ラーフル・ライナ 武藤陽生/訳 文藝春秋 2024.04.27読了 インドのミステリーなんて読んだことない!というか、そもそもインド人作家の小説を読んだことがあるのだろうか。あっても記憶にないし、インド人作家の名前すら出てこない。人…

『しをかくうま』九段理江|日常的な言葉遊びが物語になった

『しをかくうま』九段理江 文藝春秋 2024.04.23読了 九段理江さんの書く斬新な物語世界が好きだ。突拍子もない設定と、ユーモラスなのに冷酷とも思える言葉遊びの数々。でも、この小説は万人に受ける作品ではないと思う。競馬の実況をする男性が主人公で、何…