書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

『無垢の博物館』オルハン・パムク|頬擦りしたくなるほど美しい作品を読んでしまった

『無垢の博物館』上下 オルハン・パムク 宮下遼/訳 ★★★ 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.8.18読了 先日書店に行ったらハヤカワepi文庫で刊行されていて迷わず購入した。とても美しく、身体が痺れてしまうほど素晴らしい作品だった。どうしてこんな小説が…

『陽気なお葬式』リュドミラ・ウリツカヤ|周りの全てを好きになること

『陽気なお葬式』リュドミラ・ウリツカヤ 名倉有里/訳 新潮社[新潮クレスト・ブックス] 2022.8.13読了 タイトルがいい。お葬式が「陽気」だなんて。もちろん大切な人が亡くなることは辛く悲しいことだから悼むことは必要である。だけど、お葬式が「悲しい…

『遠い声 遠い部屋』トルーマン・カポーティ|豊潤な言葉遣いと比喩表現が美しい

『遠い声 遠い部屋』トルーマン・カポーティ 河野一郎/訳 新潮社[新潮文庫] 2022.8.11読了 アメリカ文学が無性に読みたくなり、手にしたのがこの本。カポーティさんの自伝的小説のようである。表紙の写真からは雄大な土地と空が立体的に感じられ、雰囲気…

『1R1分34秒』町屋良平|若者の素直な感情が溢れ出す

『1R(ラウンド)1分34秒』町屋良平 新潮社[新潮文庫] 2022.8.9読了 男の人ってどうしてあんなにもボクシングが好きなんだろう。ボクシングというより格闘技全般か。私なんて、リングの上で誰かが血を流すのを見るだけでも目を背けたくなるのに。道具もな…

『もう行かなくては』イーユン・リー|人生を振り返るとき誰を想う

『もう行かなくては』イーユン・リー 篠森ゆりこ/訳 河出書房新社 2022.8.8読了 高齢者施設に住む81歳のリリアが、かつて恋人だったローランドの著作を読みながら過去を回想していくストーリーである。時間軸と構成がけっこうややこしくて難解に思えるけど…

『本にだって雄と雌があります』小田雅久仁|大阪弁による軽妙な語りと蘊蓄を楽しむ

『本にだって雄と雌があります』小田雅久仁 新潮社[新潮文庫] 2022.8.6読了 受賞は逃したけれど本屋大賞にノミネートされた『残月記』は、あまり体験したことのない読後感であり、今でも印象深く心に残っている。この小説は、小田雅久仁さんが2012年に刊行…

『神学校の死』P・D・ジェイムズ|英国神学校と聞くだけで胸高鳴る

『神学校の死』P・D・ジェイムズ 青木久惠/訳 早川書房[ハヤカワポケットミステリー] 2022.8.2読了 聖アンセルムズ神学校の住み込み看護婦の手記ではじまる導入部、これがとても引き込まれる。神学校と聞いただけでウンベルト・エーコ著『薔薇の名前』が…

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子|他人が何を考えているかはわからない

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子 講談社 2022.7.30読了 とても評判が良かったから芥川賞候補に挙がる前から購入していたのに、ついつい読むのが遅くなってしまった。先日第167回芥川賞を受賞された作品。発表前に読みたかったけれど、まぁ特…

『チーム・オベリベリ』乃南アサ|偉大な人物は大成するのが遅い

『チーム・オベリベリ』上下 乃南アサ 講談社[講談社文庫] 2022.7.28読了 タイトルにある「オベリベリ」とは、北海道・帯広のことである。元々アイヌの土地だったため、アイヌ語でオベリベリ、漢字に「帯広」が当てられているのだ。帯にリアル・フィクショ…

『私の名前はルーシー・バートン』エリザベス・ストラウト|言葉にしなくてもわかりあえること、ただ感じるだけで充分なこと

『私の名前はルーシー・バートン』エリザベス・ストラウト 小川高義/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2022.7.24読了 2年半くらい前に、1週間弱の入院をしたことがある。手術も入院も初めてのことだったから、不安と心配との連続だったけれど、終わってみれ…

『道』白石一文|あの時、ああしていれば

『道』白石一文 小学館 2022.7.23読了 白石一文さんの小説は、年々柔らかくなってきているような気がする。昔の作品は切れ味鋭く、読むたびに感情を揺さぶられた記憶があるのだが、今はゆったりとした心持ちで読める。それはそれで悪くないと思うのは自分も…

『嘘と正典』小川哲|小川さんの文章はクールすぎる

『嘘と正典』小川哲 早川書房[ハヤカワ文庫JA] 2022.7.18読了 直木賞候補にもなっていたから単行本刊行時にとても気になっていた本。ようやく文庫になって迷わず購入した。小川哲さんといえば、『ゲームの王国』を読んだ時の衝撃を今でも忘れられないし、…

『ゴルフ場殺人事件』アガサ・クリスティー|ポアロとジロー、ポアロとヘイスティングス

『ゴルフ場殺人事件』アガサ・クリスティー 田村義進/訳 早川書房[クリスティー文庫] 2022.7.17読了 エルキュール・ポアロシリーズ1作目『スタイルズ荘の怪事件』に続く2作目である。ポアロの友人ヘイスティングスが語る構成は、初回と同じである。それに…

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀|独特の世界観で魅了する

『喜べ、幸いなる魂よ』佐藤亜紀 KADOKAWA 2022.7.12読了 初めて訪れたヨーロッパの国がベルギーだったこともあり、首都ブリュッセルの古き美しき建物の荘厳さがありありと目に浮かぶ。今でもあの感動は忘れない。この小説の舞台は、現ベルギーがある位置の…

『正体』染井為人|人は何をもって真実と図るのだろう

『正体』染井為人 ★ 光文社[光文社文庫] 2022.7.10読了 は〜、おもしろかった。最初は、よくある脱獄犯の逃亡小説なんだろうなとあまり期待していなかったのだけど、途中から目が離せなくなりぐいぐい持っていかれた。単純にストーリーを楽しみたい、おも…

『八甲田山死の彷徨』新田次郎|成功と失敗、組織のリーダーとは|天はわれ達を見放した

『八甲田山死の彷徨(ほうこう)』新田次郎 ★★ 新潮社[新潮文庫] 2022.7.6読了 これは明治35年に青森で実際に起きた八甲田山の遭難事故を元にして作られた小説である。記録文学に近い。そもそも何の目的でこのような行軍があったのかというと、ロシアとの…

『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ|対称でありながら非対称

『うつくしが丘の不幸の家』町田そのこ 東京創元社[創元文芸文庫] 2022.7.4読了 町田そのこさんは『52ヘルツのクジラたち』で昨年本屋大賞を受賞された。感涙小説と絶賛されているから読もう読もうと思いながらも、なんとなく機会を逸してしまっている。 …

『らんちう』赤松利市|人間の業をせせら笑いながら見つめているのだろう

『らんちう』赤松利市 双葉社[双葉文庫] 2022.7.2読了 らんちうとは、奇形の高級金魚「らんちゅう」のこと。なんと一匹200万円もするという。調べてみると、背びれがなく、ずんぐりとした身体を持つ赤い金魚だった。金魚というと、私はお祭りの屋台にある…

『リリアンと燃える双子の終わらない夏』ケヴィン・ウィルソン|親友の語りを聞いているようで楽しくなる

『リリアンと燃える双子の終わらない夏』ケヴィン・ウィルソン 芹澤恵/訳 集英社 2022.6.30読了 表紙のイラストがとても気になって、パラパラとめくってみる。導入から自分の好みに感じたし、集英社のなめらかな字体が読みやすい。ソフトカバーであることも…

『ポラリスが降り注ぐ夜』李琴峰|台湾の方が美しい日本語で小説を書く

『ポラリスが降り注ぐ夜』李琴峰(り・ことみ) 筑摩書房[ちくま文庫] 2022.6.25読了 台湾出身の李琴峰さんは、昨年『彼岸花が咲く島』で芥川賞を受賞された。同時受賞の石沢麻依子さんの『貝に続く場所にて』がとても良かったから李さんの作品を読むこと…

『嘘の木』フランシス・ハーディング|純真無垢な心でファンタジーを読む

『嘘の木』フランシス・ハーディング 児玉敦子/訳 東京創元社[創元推理文庫] 2022.6.22読了 フランシス・ハーディングさんの小説は前から気になっていた。児童文学のようだからちょっと手を出しにくかったのだが、この本が文庫になっていたのでようやく読…

『いるいないみらい』窪美澄|いろいろな家族のかたち

『いるいないみらい』窪美澄 KADOKAWA[角川文庫] 2022.6.19読了 タイトルの「いる」「いない」とは、自分に子供が「いる」か「いない」かの未来のことである。つまり、赤ちゃんを産むか産まないか、産めるか産めないか、家族をつくるかつくらないか、そう…

『マーダーハウス』五十嵐貴久|青春小説風だけど殺人館

『マーダーハウス』五十嵐貴久 実業之日本社[実業之日本社文庫] 2022.6.18読了 五十嵐貴久さんといえば、ドラマ化もされた『リカ』が有名である。私はドラマも見ていなく小説も読んでいない。結構グロくてサイコパスを描いているというのは何となく知って…

『現代生活独習ノート』津村記久子|単独で学習する現代人

『現代生活独習ノート』津村記久子 講談社 2022.6.16読了 去年の11月に刊行された津村記久子さんの短編集を読んだ。過去に文芸誌に掲載された8つの作品が収められている。タイトルに「生活独習」とあるように、なんらかの物事を独りで学習するようなストーリ…

『長い別れ』レイモンド・チャンドラー|ギムレットと男の友情

『長い別れ』レイモンド・チャンドラー 田口俊樹/訳 ★ 東京創元社[創元推理文庫] 2022.6.15読了 去年村上春樹さん訳『ロング・グッドバイ』を読んだばかりなのに。過去に清水俊二さん訳『長いお別れ』も読んだことがあるから、この作品を読むのは訳者を変…

『いかれころ』三国美千子|人生なんてそんなもの

『いかれころ』三国美千子 新潮社[新潮文庫] 2022.6.12読了 三島由紀夫賞と新潮新人賞を同時受賞したということで、単行本刊行時からとても気になっていた作品である。三国美千子さんの文章を読んでみたいと思っていたら今年になりこの作品が文庫化されて…

『チェスナットマン』セーアン・スヴァイストロプ|息もつかせぬ展開、これはドラマのほうが良さそう

『チェスナットマン』セーアン・スヴァイストロプ 髙橋恭美子/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン[ハーパーbooks] 2022.6.11読了 見慣れないタイトルの『チェスナットマン』という単語は「栗人形」のこと。そもそも栗人形というのが日本では馴染みがないけど…

『高架線』滝口悠生|おもしろい賃貸物件と語りの美学を堪能

『高架線』滝口悠生 ★ 講談社[講談社文庫] 2022.6.7読了 次の入居者を自分で見つけることが賃貸に住む条件というのはなかなかおもろい。不動産屋を通さずに済むから、貸主も借主も余計な手数料がかからず、その分家賃が破格なのだ。まぁ、契約書やら重要事…

『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』三上延|実在の本にまつわる柔らかな謎解き

『ビブリア古書堂の事件手帖〜栞子さんと奇妙な客人たち〜』三上延 KADOKAWA[メディアワークス文庫] 2022.6.4読了 先日三上延さんの『同潤会代官山アパートメント』を読んだ。その時に気軽に読めるものを欲していたせいか、柔らかな文体に気分をほぐされ、…

『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート|辛く苦しいのに美しい物語

『シャギー・ベイン』ダグラス・スチュアート 黒原敏行/訳 早川書房 2022.6.2読了 タイトルのシャギー・ベインとは主人公の男の子の名前である。スコットランドのグラスゴーを舞台とした、シャギーが5歳から16歳になるまでを母親アグネスとの関係を中心に描…