書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

◇短編集

『火曜クラブ』アガサ・クリスティー|人間なんてみんな似たりよったり

『火曜クラブ』アガサ・クリスティー 中村妙子/訳 ハヤカワ文庫 2022.1.29読了 今年1冊めのクリスティー作品は短編集を選んだ。ミス・マープルものの短編であるが、去年読んだリチャード・オスマン著『木曜殺人クラブ』の設定にそっくりなこと。というか、…

『昭和の名短篇』荒川洋治編|良質な日本語で書かれた純文学

『昭和の名短篇』荒川洋治編 中公文庫 2021.12.11読了 昭和の文豪14人の短篇が収められた中公文庫オリジナルの短編集が先日刊行された。名だたる作家ぞろいなのだろうが、半分くらいしか知らなかった。 印象に残った作品は下記の3つだ。 『萩のもんかきや』…

『狼王ロボ シートン動物記』シートン|動物たちも感情豊かに生き抜くのだ

『狼王ロボ シートン動物記』シートン 藤原英司/訳 集英社文庫 2021.10.10読了 子供の頃に夢中になって読んだ『シートン動物記』と『ファーブル昆虫記』。全巻揃えたのか図書館で借りて読んだのかは覚えていないけれど、動物や昆虫など生き物について学ぶの…

『アサイラム・ピース』アンナ・カヴァン|書くことで救われたように、読むことで救われるだろう

『アサイラム・ピース』アンナ・カヴァン 山田和子/訳 ちくま文庫 2021.9.30読了 一度読んだらその文体の虜になると言われているアンナ・カヴァンさん。代表作『氷』よりもまず先に、本名からアンナ・カヴァン名義に変えて最初の作品である本作を読んだ。 …

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子|苦難を乗り切ったからこそ

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子 講談社文庫 2021.7.31読了 おんとし97歳の佐藤愛子さんは、とても美しく気品に溢れている。もちろん外見が若々しいのもそうだが、内面から湧き上がるこの美しさは、彼女自らが強く気高く生き抜いてきた賜物だと言える。 過…

『葬儀の日』松浦理英子|独創的な感性と世界観

『葬儀の日』松浦理英子 河出文庫 2021.7.26読了 かなり前に新聞だかの書評を読んで気になり、手帳の「読みたい本リスト」に書いていた。先週手に入れて、ようやく今自分のなかで読み時になった。松浦理英子さんの本は初めて。講談社主催の「群像新人文学賞…

『文鳥・夢十夜』夏目漱石|古き良き日本語の読み仮名が良い

『文鳥・夢十夜』夏目漱石 新潮文庫 2021.7.22読了 久しぶりに夏目漱石さんの作品を読んだ。長編は結構読んでいるのだけど、短編はもしかしたら初めてかもしれない。夏だから、ちょっとホラー要素かなということで以前から気になっていた『夢十夜』もようや…

『世界はゴ冗談』筒井康隆|インパクトがありすぎる短編集

『世界はゴ冗談』筒井康隆 新潮文庫 2021.6.26読了 表題作を含めた10作品が収められた短編集である。筒井康隆さんの作品を読むのは久しぶりだ。そして彼の短編というのも初めてだ。いや〜、奇想天外なストーリーづくしでたまげる。一話めから、タイトルから…

『郝景芳短篇集』郝景芳|現代中国人作家が気になってきた

『郝景芳(ハオ・ジンファン)短篇集』郝景芳 及川茜/訳 白水社 2021.5.12読了 中国系アメリカ人作家のケン・リュウさんが郝景芳さんの『北京 折りたたみの都市』を絶賛して英訳し、作品はヒューゴー賞を受賞した。ケン・リュウさんがこの作品を含め中国SF…

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介|ルポタージュ風の小説集

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介 講談社文庫 2021.5.8読了 宮内悠介さんのことはずっと気になっていた。鬼才大才と呼ばれている。本を読んでいて、この著者は天才だなと思ったのは、最近だと小川哲さんだ。『ゲームの王国』を読んだ時は、どうしたらこ…

『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子|女性の複雑な心理と闇

『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子 新潮文庫 2021.5.2読了 大好きな川上未映子さんの文庫本新刊である。川上さんの本は毎年1冊は読んでいると思っていたのに、去年は読んでいなかったみたいだ。『夏物語』では毎日出版文化賞を受賞され、海外でも多…

『モルグ街の殺人・黄金虫 ポー短編集Ⅱ ミステリ編』エドガー・アラン・ポー|探偵はデュパンから生まれた

『モルグ街の殺人・黄金虫 ポー短編集Ⅱ ミステリ編』エドガー・アラン・ポー 巽孝之/訳 新潮文庫 2021.3.2読了 ポー氏の作品はかなり昔に何作かは絶対に読んだはずなのに、覚えていなかった。読んだということ、デュパンが出てきたことは頭にあったのに、こ…

『雪沼とその周辺』堀江敏幸|品のある美しい文体を味わう

『雪沼とその周辺』堀江敏幸 ★ 新潮文庫 2021.2.6読了 現代日本における偉大な作家の1人である堀江敏幸さん。芥川賞を始め数多の文学賞を受賞し、早稲田大学の教授も務めている。現在では文学賞の選考委員もされている堀江さんは名前をよく目にするのだが、…

『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』菊池寛|マスクなしで歩ける日は来るのだろうか

『マスク スペイン風邪をめぐる小説集』菊池寛 文春文庫 2021.1.31読了 およそ100年前にスペイン風邪が流行した時、菊池寛さん自身の経験を元にして短編『マスク』が生まれた。身体が弱いことを医師に指摘された菊池さんは、徹底的に予防をする。なるべく家…

『こちらあみ子』今村夏子|相手の気持ちを考えることの大切さ

『こちらあみ子』今村夏子 ちくま文庫 2021.1.27読了 私が通っていた小学校では「特別支援学級」なるものがあった。普通のクラスに所属はしているが、授業だけはみんなと違う別の教室で受ける。知的障害または身体障害があり、支援を受けないと生活ができな…

『ナイン・ストーリーズ』サリンジャー/読みたくなる類いの爽快な作品たち

『ナイン・ストーリーズ』J.D.サリンジャー 柴田元幸/訳 ヴィレッジブックス 2021.1.14読了 サリンジャーさんの作品は、どこか爽快なイメージがある。例えその小説が悲劇だとしても。読んだ作品の数はそう多くないのに、ふと思い出した時に読みたくなる類…

『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫/表題作は圧巻!

『佐藤春夫台湾小説集 女誡扇綺譚』佐藤春夫 中公文庫 2020.12.19読了 大正・昭和の文豪佐藤春夫さんが、1920年の台湾旅行をきっかけにして執筆された短編が9つ収められている。100年前の台湾の情景。私は10年以上前に一度台湾を訪れたことがあるが、その時…

『手長姫 英霊の声 1938-1966』三島由紀夫/どんな捉え方をしても彼は魅力的

『手長姫 英霊の声 1938-1966』三島由紀夫 新潮文庫 2020.11.30読了 三島由紀夫さんの命日は11月25日、東京・市ヶ谷の自衛隊駐屯地で割腹自殺をした。今年は没後50年ということもあり、三島さんに関する映画が上映され、テレビなどでも特集を目にすることが…

『家霊』岡本かの子/粋のいい短編たち、280円文庫

『家霊(かれい)』岡本かの子 ハルキ文庫 2020.10.26読了 岡本かの子さんの作品を読むのは初めてだ。芸術家岡本太郎さんの母親である岡本かの子さんは、壮絶な人生を歩んだ。瀬戸内寂聴さんの『かの子繚乱』を読んだことが彼女を知ったきっかけだ。熱を帯び…

『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』堀辰雄/風が立ったら前を向こう

『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』堀辰雄 角川文庫 2020.9.14読了 実はまだこの作品は未読であった。誰もが知る有名な作品だからこそ、かえって読む機会が遠のくというのは実はよくあるのではないだろうか?先日福永武彦さんの『草の花』を読んでから堀辰雄…

『十二人の手紙』井上ひさし/極上の漫才や落語を思わせる

『十二人の手紙』井上ひさし 中公文庫 2020.9.6読了 井上ひさしさんの本を読むたびに、なんて上手いんだろうといつも唸らさせる。ストーリーもさることながら、日本語一つ一つの言葉や文の技巧が際立ち、お手本となるような文章なのだ。まるで国語の教科書に…

『一人称単数』村上春樹/やわらかく心地よい作品たち

『一人称単数』村上春樹 文藝春秋 2020.8.23読了 おそらく今年の文芸誌部門でベストセラーになるのでは、と予測する人も多いだろう、先月刊行された村上春樹さんの6年ぶりの短編集だ。8つの短編が収録されている。表題作『一人称単数』だけが書き下ろしで他…

『MONKEY vol.20』柴田元幸責任編集/センスの良さが光る文芸誌

『MONKEY vol.20』柴田元幸責任編集 スイッチ・パブリッシング 2020.6.23読了 雑誌である。タイトルがMONKEYだが、別に猿に特化した読み物というわけではなく、柴田元幸さんが責任編集を務める文芸誌だ。「いい文学とは何か、人の心に残る言葉とは何か、その…

『青春は美わし』ヘルマン・ヘッセ/野田あいさんのイラストもうるわし

『青春は美わし(うるわし)』ヘルマン・ヘッセ 高橋健二/訳 新潮文庫 2020.6.14読了 再びヘッセ氏の小説を読んだ。表題作『青春は美わし』と『ラテン語学校生』という二編の短編が収められている。どちらも、若く瑞々しい青春の香り漂う作品である。 「う…

『あなたの人生の物語』テッド・チャン/粒揃いのSF短編集

『あなたの人生の物語』テッド・チャン 浅倉久志・他/訳 ハヤカワ文庫 2020.6.4読了 バラク・オバマ氏が2019年に読んだ本の中で絶賛している『息吹』という短編集が去年末から日本でもベストセラーとなっている。買おうか迷って、でも初めて読む作家だし、…

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ/読みやすいけどもっとスリルが欲しい

『犯罪』フェルディナント・フォン・シーラッハ 酒寄進一/訳 創元推理文庫 2020.3.9読了 2012年の翻訳部門本屋大賞1位の短編集で、作者のデビュー作だ。その後も彼の本は何冊か刊行されているのは知っていたが、読むのは初めてだ。11の短編があり、どれも犯…

『トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇』トルストイ/人間の本質を見極める

『トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇』トルストイ 中村白葉/訳 岩波文庫 2020.1.2読了 トルストイの晩年の短編が収められている。長編はほとんど読んでしまっているため、最近は短編を読むことが多い。ここにある5編はどれも数十ページ程で内容的…

『紙の動物園』ケン・リュウ / 柔らかく優しいSF作品集

『紙の動物園』 ケン・リュウ 古沢嘉通/編・訳 ハヤカワ文庫 2019.11.3読了 又吉直樹さんだけでなく、多くの人がお薦めしているこの作品、前から気になっていたけれど、短編だしな〜、SFだしな〜、と今まで読みあぐねていた。のだが、ついに。 この文庫本に…

『平凡』角田光代 / なんでもない日々の暮らしが一番

『平凡』 角田光代 新潮文庫 2019.9.7読了 世の中の読書好きな女性がたいていそうであるように、私も角田光代さんが大好きである。もちろん女性に限らないが、角田光代さん、江國香織さん、小川洋子さん、柚木麻子さん、山本文緒さんらは女性読者が圧倒的に…

『小僧の神様・城の崎にて』 志賀直哉 / 生かされた彼がこれからどのように歩んでいくか

『小僧の神様・城の崎にて』 志賀直哉 新潮文庫 2019.7.10読了 ぼんやりとテレビを見ていたら、城崎温泉が映し出されていた。懐かしい。城崎温泉には2回訪れたことがある。浴衣を着て、地図を手に、いくつかの温泉を巡った記憶がある。そのテレビ番組では、…