書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2020-01-01から1年間の記事一覧

『信長の原理』垣根涼介/法則にとらわれ続ける

『信長の原理』上下 垣根涼介 角川文庫 2020.11.5読了 垣根さんの小説は、文学賞三冠に輝いた『ワイルド・ソウル』しか読んだことがない。それもかなり前で、おもしろかった記憶はあるものの内容はほとんど憶えていない。最近の垣根さんは歴史小説を書くこと…

『女の家』日影丈吉/女中のための家

『女の家』日影丈吉 中公文庫 2020.11.3読了 日影丈吉さんという小説家のことは、名前も作品も知らなかった。1991年に既に亡くなられた方であるが、泉鏡花文学賞を始めいくつかの文学賞を受賞したようだ。 銀座のとある家で折竹幸枝(おりたけゆきえ)がガス…

『パチンコ』ミン・ジン・リー/誰もが産まれる国を選べない

『パチンコ』上下 ミン・ジン・リー 池田真紀子/訳 ★★ 文藝春秋 2020.10.30読了 まるでペルシャ絨毯を思わせるような装幀、色使いは花札のようだ。書店で見かけた時に表紙に一目惚れしたのだが、よく見ると全米図書賞最終候補、オバマ前大統領推薦とある。…

『家霊』岡本かの子/粋のいい短編たち、280円文庫

『家霊(かれい)』岡本かの子 ハルキ文庫 2020.10.26読了 岡本かの子さんの作品を読むのは初めてだ。芸術家岡本太郎さんの母親である岡本かの子さんは、壮絶な人生を歩んだ。瀬戸内寂聴さんの『かの子繚乱』を読んだことが彼女を知ったきっかけだ。熱を帯び…

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド/かつて黒人奴隷が生き延びるために

『地下鉄道』コルソン・ホワイトヘッド 谷崎由依/訳 ハヤカワepi文庫 2020.10.25読了 この本、単行本刊行当時からずっと気になっていた。長らく買おうか迷っていたのだが、今月の文庫本新刊コーナーに平積みされていて迷わずゲット。最近、文庫になるのが目…

『ぐるぐる♡博物館』三浦しをん/行きたい、会いたい博物館

『ぐるぐる♡博物館』三浦しをん 実業の日本社文庫 2020.10.22読了 ちょっとエッセイでも読んで休憩。小説が好きだからどうにも偏りがちだが、なるべく10冊に1冊は小説以外を読むようにしている。しかし振り返るとここ最近は小説が連続していたから、少し読む…

『郷愁』ヘルマン・ヘッセ/青春とお酒、そして本を読む時の気の持ちよう

『郷愁』ヘルマン・ヘッセ 高橋健二/訳 新潮文庫 2020.10.21読了 ヘルマン・ヘッセさんの処女作であり出世作でもある『郷愁』、原題は『ペーター・カーメンチント』で主人公の名前である。いつも通り新潮文庫の表紙は野田あいさんのイラストで、なんとも言…

『風よあらしよ』村山由佳/怒涛の人生、道を自ら切り開く

『風よあらしよ』村山由佳 ★ 集英社 2020.10.19読了 婦人解放運動家、アナキストである伊藤野枝(のえ)さんを描いた評伝小説である。少し前に、瀬戸内寂聴さんの『かの子繚乱』を読み、寂聴さんが書く他の評伝も読みたいと思っていた。伊藤野枝さんの生涯を…

『ナイルに死す』アガサ・クリスティー/文章を疑ってかかる

『ナイルに死す』アガサ・クリスティー 黒原敏行/訳 ハヤカワ文庫 2020.10.15読了 近すぎる。近いうち過ぎる。何がって、『オリエント急行の殺人』を読んでまだ数日しか経っていないのだ。アガサ作品をまた近いうちに読もうとは思っていたけれど、3日後に手…

『獣の戯れ』三島由紀夫/フィルター越しに見る三角関係

『獣の戯れ』三島由紀夫 新潮文庫 2020.10.13読了 当時は新潮社の雑誌に連載されたようだが、三島さんの書き下ろし小説として5作目の中編小説である。タイトルから想像するに、色香漂う官能的な作品かと思っていたがそういうわけでもなかった。しかし言葉と…

『赤毛のアン』モンゴメリ/「想像の余地」を活かそう

『赤毛のアン』L・M・モンゴメリ 松本侑子/訳 文春文庫 2020.10.12読了 これもまた、遥か昔小学生の時に読んだ本だ。アニメでも観たような。少女の成長物語だったと覚えているけど、中身はすっかり忘れている。いまNHKで「アンという名の少女」という『赤毛…

『オリエント急行の殺人』アガサ・クリスティー/色褪せない名作を味わう

『オリエント急行の殺人』アガサ・クリスティー 山本やよい/訳 ハヤカワ文庫 2020.10.11読了 英国ミステリの女王、アガサ・クリスティーさんの超超有名な本作を再読した。小説で読むのはかれこれ子供の頃以来かもしれない。映画にもなり日本でも野村萬斎さ…

『星の子』今村夏子/読んでいてずっと苦しい

『星の子』今村夏子 ★ 朝日文庫 2020.10.9読了 人気番組「アメトーーク!」の「読書芸人」で、芸人であり作家でもある又吉直樹さんが一推ししていたのが今村夏子さんの『こちらあみ子』だ。その後『むらさきのスカートの女』で芥川賞を受賞した時には、やは…

『ファインダーズ・キーパーズ』スティーヴン・キング/小説を愛しすぎた故に

『ファインダーズ・キーパーズ』上下 スティーヴン・キング 白石朗/訳 ★ 文春文庫 2020.10.8読了 ちょうどひと月ほど前に読んだ『ミスター・メルセデス』の続き、ホッジズ刑事シリーズの2作目である。前作が面白かったからすぐに買っておきスタンバイしてい…

『ガーデン』千早茜/人と一定の距離を保つ

『ガーデン』千早茜 文春文庫 2020.10.4読了 よく書店に並んでいるのは目にしていたが、千早茜さんの小説を読むのは初めてだ。なんとなく、イヤミス系なのかな?と思っていたけど、確か西洋菓子店とつく題名の作品もあったので、色々な作風があるのかなと。 …

『童の神』今村翔吾/エンタメ全開の歴史小説

『童の神』今村翔吾 ハルキ文庫 2020.10.2読了 第163回直木賞は馳星周さんの『少年と犬』が受賞となったが、有力候補と言われていたのは今村翔吾さんの『じんかん』である。選考当時からこの『じんかん』気になっていたのだが、読んだことのない作家さんだか…

『心は孤独な狩人』カーソン・マッカラーズ/誰もが抱える孤独

『心は孤独な狩人』カーソン・マッカラーズ 村上春樹/訳 新潮社 2020.10.1読了 こんな帯の文句が書かれていたら、村上春樹さんのファンは読みたくなるもの。 たとえ、カーソン・マッカラーズさんの名前を知らなくても、フィッツジェラルド、サリンジャーと…

『忘却の河』福永武彦/罪を背負い生きていく

『忘却の河』福永武彦 ★★ 新潮文庫 2020.9.28読了 先日読んだ『草の花』にとても心を奪われたので、同じく多くの人に読み継がれている福永武彦さんの『忘却の河』を読了した。 なんという小説だろう。読み終えた今も、余韻を楽しむというか、ぼうっと虚ろな…

『ワカタケル』池澤夏樹/神話ファンタジー

『ワカタケル』池澤夏樹 日本経済新聞出版 2020.9.26読了 近未来SFを読んでいたから、今度は古典的な作品を味わおう。昔も昔、古事記でいう上・中巻あたりの物語だ。池澤夏樹さんは、河出書房から世界文学全集と日本文学全集を個人編集し出版している。日本…

『夏への扉』ロバート・A・ハインライン/冷凍睡眠で生き長らえる未来

『夏への扉』ロバート・A・ハインライン 福島正実/訳 ハヤカワ文庫 2020.9.23読了 SF古典小説の名作としてよく取り上げられているため、この作品の存在は知っていたがまだ未読だった。なんでも、日本で山崎賢人さん主演でもうすぐ映画が公開されるようで、…

『死神の棋譜』奥泉光/読んでいて詰んだかも

『死神の棋譜』奥泉光 ★ 新潮社 2020.9.21読了 藤井聡太二冠の誕生、羽生善治九段はタイトル通算100期の記録がかかる竜王戦に挑戦するなど、将棋界を取り巻く話題に事欠くことがない昨今。そんな中、将棋を愛してやまない著者の奥泉さんが見事な現代ミステリ…

『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル/極限状態から見えてくるもの

『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル 池田香代子/訳 みすず書房 2020.9.19読了 アウシュヴィッツ強制収容所。その名を聞くだけで恐ろしく震えそうな気持ちになる。ナチスが捕虜になった人を大量虐殺したと言われている場所だ。この強制収容所から奇跡的…

『家族のあしあと』椎名誠/ほっこり、ほっこり

『家族のあしあと』椎名誠 集英社文庫 2020.9.17読了 藤井聡太さんが最初にメディアに登場するようになったのは、2016年に史上最年少でプロ棋士になった時だ。今の二冠タイトルも仰天、快挙だが、当時は14歳でまだ素朴な少年だったからより目立っていたと思…

『太陽がいっぱい』パトリシア・ハイスミス/他人に成りすます

『太陽がいっぱい』パトリシア・ハイスミス 佐宗鈴夫/訳 河出文庫 2020.9.16読了 ずいぶん昔のことだが、マット・デイモンさん主演映画『リプリー』を観た。当時はそのストーリーと残虐性に取り憑かれ、なんて面白い映画だろうと思った記憶がある。そもそも…

『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』堀辰雄/風が立ったら前を向こう

『風立ちぬ・美しい村・麦藁帽子』堀辰雄 角川文庫 2020.9.14読了 実はまだこの作品は未読であった。誰もが知る有名な作品だからこそ、かえって読む機会が遠のくというのは実はよくあるのではないだろうか?先日福永武彦さんの『草の花』を読んでから堀辰雄…

『首里の馬』高山羽根子/孤独に羽ばたく

『首里の馬』高山羽根子 新潮社 2020.9.13読了 まだ記憶に新しい、第163回芥川賞受賞作。同時受賞は遠野遥さんの『破局』、直木賞は馳星周さんの『少年と犬』だ。どれを読もうか考えていて、馳星周さんの作品は過去に何冊か読んだことあるし、では知らない作…

『森の生活 ウォールデン』H.D.ソロー/自然界で生きよ

『森の生活(ウォールデン)』上下 H.D.ソロー 飯田実/訳 岩波文庫 2020.9.11読了 ウォールデンとはアメリカ・マサチューセッツ州にある湖のことである。この作品は、約170年前にヘンリー・デイヴィッド・ソローさんが2年2ヶ月に渡りウォールデン湖畔で自給…

『日本の血脈』石井妙子/女性は強し

『日本の血脈』石井妙子 文春文庫 2020.9.8読了 石井妙子さんといえば、現東京都知事小池百合子さんを描いた『女帝 小池百合子』がベストセラーになった。それも、ちょうど都知事選のさなかだったからなおのこと話題となった。本作はその石井妙子さんが過去…

『十二人の手紙』井上ひさし/極上の漫才や落語を思わせる

『十二人の手紙』井上ひさし 中公文庫 2020.9.6読了 井上ひさしさんの本を読むたびに、なんて上手いんだろうといつも唸らさせる。ストーリーもさることながら、日本語一つ一つの言葉や文の技巧が際立ち、お手本となるような文章なのだ。まるで国語の教科書に…

『天稟』幸田真音/変動する相場と変わらない絵

『天稟(てんぴん)』幸田真音 角川書店 2020.9.5読了 10年くらい前だろうか、山種美術館に行ったことがある。移転後の恵比寿にある今の美術館で、収められている日本画よりもむしろ、都会に突如現れた建物に驚いた記憶がある。経済小説は苦手とするところな…