書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2021-01-01から1年間の記事一覧

『最高の任務』乗代雄介|モノを書くために生まれてきた光る存在

『最高の任務』乗代雄介 ☆ 講談社 2021.8.13読了 芥川賞候補に2回も選ばれていて、最新作『旅する練習』が気になっている。というより、多くの方から絶賛されている乗代雄介さんの小説をなんでもいいから読みたい欲が高まっていた。この『最高の任務』には、…

『黒い雨』井伏鱒二|被爆してもなお日常を生きる

『黒い雨』井伏鱒二 新潮文庫 2021.8.12読了 井伏鱒二さんの『山椒魚』は高校の現代文の教科書に載っていると言われているが、私は学んだ記憶がない。教科書の種類が違ったのか、時代が違ったのか。そもそも小中学校とは違って、高校では先生の好みで教科書…

梟書茶房|インスピレーションで選書する

東京・池袋にある梟書茶房(ふくろうしょさぼう)へ行った。ドトールが運営している「本と珈琲」のためのお店。時はコロナ禍、そして緊急事態宣言下。県を跨いだ移動とはなるけれど、乗り換えなしの電車1本で行け、1人でカフェに行くだけなら問題なしと判断…

『死んでいない者』滝口悠生|日常とは違うある一日の営み

『死んでいない者』滝口悠生 文春文庫 2021.8.10読了 滝口悠生さんの芥川賞受賞作である。少し前に『茄子の輝き』を読んで、なかなか好みの文体だったため手に取ってみた。お通夜、告別式の話なので先日読んだ『葬儀の日』を連想した。 honzaru.hatenablog.c…

『夜はやさし』フィツジェラルド|大人のための小説

『夜はやさし』上下 フィツジェラルド 谷口陸男/訳 角川文庫 2021.8.9読了 フィツジェラルドさんの代表作は、言わずもがなで『グレート・ギャツビー』である。昔読んだ時にはあまりピンとこなかったのだが、最近再読したらとてもおもしろく読めた。次に有名…

『兄弟』余華|中国の圧倒的な熱量と勢いを感じる傑作

『兄弟』余華(ユイ・ホア) 泉京鹿/訳 ★ アストラハウス 2021.8.8読了 公衆便所で女の尻を覗き捕まってしまう、という衝撃的な場面から物語が始まる。数ページ読んで「あぁ、これぞ中国だなぁ」と思った。コロナが始まる前だから2年前の初夏に北京を旅行で…

『ドルジェル伯の舞踏会』ラディゲ|読み終えて余韻をしみじみと

『ドルジェル伯の舞踏会』レーモン・ラディゲ 渋谷豊/訳 光文社古典新訳文庫 2021.8.2読了 人はどんなふうにして自分が誰かを愛していると気付くのだろう。フランソワの内に愛が宿った瞬間の描写を読んだときにふと思った。そしてドルジェル伯夫人・マオの…

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子|苦難を乗り切ったからこそ

『戦いすんで日が暮れて』佐藤愛子 講談社文庫 2021.7.31読了 おんとし97歳の佐藤愛子さんは、とても美しく気品に溢れている。もちろん外見が若々しいのもそうだが、内面から湧き上がるこの美しさは、彼女自らが強く気高く生き抜いてきた賜物だと言える。 過…

『ブラック・チェンバー・ミュージック』阿部和重|エンタメ感満載|オリンピック卓球女子、文学的解説者のこと

『ブラック・チェンバー・ミュージック』阿部和重 毎日新聞出版 2021.7.29読了 待ってました、阿部和重さん!新刊が出ると必ず読んでいる作家の1人。阿部和重さんと川上未映子さんのご夫婦は最強すぎる。今回の本は毎日新聞出版からということで珍しいと思っ…

『葬儀の日』松浦理英子|独創的な感性と世界観

『葬儀の日』松浦理英子 河出文庫 2021.7.26読了 かなり前に新聞だかの書評を読んで気になり、手帳の「読みたい本リスト」に書いていた。先週手に入れて、ようやく今自分のなかで読み時になった。松浦理英子さんの本は初めて。講談社主催の「群像新人文学賞…

『貝に続く場所にて』石沢麻依|大切なものを失ってもなお

『貝に続く場所にて』石沢麻依 ☆ 講談社 2021.7.25読了 先日、第165回芥川賞・直木賞が発表された。ついこの間『推し、燃ゆ』で宇佐見りんさんが盛り上がっていたのに、もう半年経ったのか。個人的には年に1回でいいと思うのだけど、出版業界を盛り上げてい…

『汚れなき子』ロミー・ハウスマン|違和感を少しずつ埋めていくミステリー

『汚(けが)れなき子』ロミー・ハウスマン 長田紫乃/訳 小学館文庫 2021.7.24読了 ある女性が事故のため救急車で病院に搬送された。一緒に運ばれたのは13歳のハナという少女。ハナの証言から、2人はある男性に監禁されていたことがわかる。物語は、ハナ、…

『文鳥・夢十夜』夏目漱石|古き良き日本語の読み仮名が良い

『文鳥・夢十夜』夏目漱石 新潮文庫 2021.7.22読了 久しぶりに夏目漱石さんの作品を読んだ。長編は結構読んでいるのだけど、短編はもしかしたら初めてかもしれない。夏だから、ちょっとホラー要素かなということで以前から気になっていた『夢十夜』もようや…

『悪い娘の悪戯』マリオ・バルガス=リョサ|濃いハチミツ色の瞳に翻弄される

『悪い娘(こ)の悪戯』マリオ・バルガス=リョサ 八重樫克彦・八重樫由貴子/訳 ★★ 作品社 2021.7.21読了 ペルー人のリカルドは、一生をかけて1人の女性を愛した。たとえ彼女が魔性の女だとしても。こんなに翻弄されなくても!言いなりにならなくても!また…

『夜の側に立つ』小野寺史宜|スマートな会話が心地よい

『夜の側に立つ』小野寺史宜 新潮文庫 2021.7.18読了 書店で本を見かけることがあるので名前は知っていたが小野寺史宜さんの小説を読むのは初めてだ。過去に本屋大賞にノミネートされたのは『ひと』という作品である。たまたま文庫の新刊が目に止まり、本作…

『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』渡辺一史|わがままも自己主張のうち

『こんな夜更けにバナナかよ 筋ジス・鹿野靖明とボランティアたち』渡辺一史 文春文庫 2021.7.17読了 この本の存在を知っている方は多いだろう。ドラマ化・映画化もされたので映像として観た方もいるだろう。2003年に刊行されたこの作品は反響を呼びノンフィ…

『結婚という物語』タヤリ・ジョーンズ|夫婦のあり方、親子の絆

『結婚という物語』タヤリ・ジョーンズ 加藤洋子/訳 ★ ハーパーコリンズ・ジャパン 2021.7.15読了 赤の他人同士が「結婚」という契約を結んで、一緒に暮らしていく。人生を共にすること。家族をつくること。多くの人が生まれた時から一緒に住む親子の関係と…

『星月夜』伊集院静|推理小説かなぁ?|大谷翔平選手は日本の星!

『星月夜』伊集院静 文春文庫 2021.7.13読了 星月夜(ほしづきよ)と聞くと、私はフィンセント・ファン・ゴッホ作の絵画を思い浮かべてしまう。現実にあるような星空ではなく、油絵の具を塗りたくった肉厚の空と大きな星たち。でもこの作品を読んだ後に思う…

『お菓子とビール』モーム|人生を楽しくするもの

『お菓子とビール』サマセット・モーム 行方昭夫/訳 ★ 岩波文庫 2021.7.11読了 モーム氏の小説は『月と六ペンス』『人間の絆』を過去に読んでいる。それらに並ぶ代表作がこの『お菓子とビール』だ。なんでも本人が1番好きな作品として挙げているため、以前…

『吉野葛・盲目物語』谷崎潤一郎|中期の名作をどうぞ

『吉野葛・盲目物語』谷崎潤一郎 新潮文庫 2021.7.9読了 谷崎さんの中期の2作品が収められている。古き良き古風な日本語の文体で、一見とっきにくいのに滑らかで麗しい。2作品ともタイトルだけは知っていたが、内容は想像とかなり違っていた。 『吉野葛』 か…

『正弦曲線』堀江敏幸|恋してしまったらしい

『正弦曲線』堀江敏幸 ★ 中公文庫 2021.7.7読了 著者の堀江敏幸さんは、三角関数のサイン、コサイン、タンジェントの「サイン」を書くときには必ず日本語で「正弦」と括弧付きで入れるそうだ。日本語のその響きと、漢字そのものの美しさを愛する所以だろう。…

『ホワイト・ティース』ゼイディー・スミス|歯は白い、みな同じ

『ホワイト・ティース』上下 ゼイディー・スミス 小竹由美子/訳 中公文庫 2021.7.6読了 新潮クレスト・ブックスで刊行されているのだが、絶版になり手に入りにくかったこの作品。このたび中公文庫から復刊されたのを知り、思わず書店でにんまり。 疾走感あ…

『本心』平野啓一郎|本心がわからなくたっていいじゃない

『本心』平野啓一郎 ★ 文藝春秋 2021.7.4読了 先月発売されたばかりのこの『本心』は、刊行前から話題にも上り、特設サイトまである(まだ中身は見ていない)くらいだから、やはり平野さんの人気は凄まじい。そんな私も平野さんのファンの1人であり、小説が…

『椿の海の記』石牟礼道子|この文体は大自然の中から生まれた

『椿の海の記』石牟礼道子 河出文庫 2021.7.1読了 文庫本の表紙カバーに描かれた画は別の方の作品であるが、頁をめくったところにある装画は石牟礼道子さん作とある。石牟礼さん、絵も描いていたんだ。ふくよかな葉っぱをつけた椿の、なかなか素敵な趣である…

『友情』武者小路実篤|「友達」と「彼氏(彼女)」どっちを取る?

『友情』武者小路実篤 新潮文庫 2021.6.29読了 明治・大正・昭和を代表する文豪、武者小路実篤さんの『友情』を読んだ。もっとうんと昔の方かと思っていたら、亡くなったのは1976年だからそこまで古くはない。なんといっても「むしゃのこうじさねあつ」とい…

『舞踏会へ向かう三人の農夫』リチャード・パワーズ|1枚の写真から

『舞踏会へ向かう三人の農夫』上下 リチャード・パワーズ 柴田元幸/訳 河出文庫 2021.6.28読了 2年くらい前だろうか、リチャード・パワーズさんの『オーバーストーリー』という装丁の素晴らしい単行本が書店にずらっと並んでいて、手にとったものの値段もま…

『世界はゴ冗談』筒井康隆|インパクトがありすぎる短編集

『世界はゴ冗談』筒井康隆 新潮文庫 2021.6.26読了 表題作を含めた10作品が収められた短編集である。筒井康隆さんの作品を読むのは久しぶりだ。そして彼の短編というのも初めてだ。いや〜、奇想天外なストーリーづくしでたまげる。一話めから、タイトルから…

『ミドルマーチ』ジョージ・エリオット|結婚がもたらす絆のかたち

『ミドルマーチ』1〜4 ジョージ・エリオット 廣野由美子/訳 ★★★ 光文社文庫 2021.6.24読了 ついに読み終えてしまった。いつまでもこの小説に浸りたい、読み終えるのが惜しいという感覚をひさびさに味わえた至福の読書時間だった。期待を裏切ることのない…

『つまらない住宅地のすべての家』津村記久子|ご近所付き合いも悪くはない

『つまらない住宅地のすべての家』津村記久子 双葉社 2021.6.16読了 日本のほとんどの地域で、多くの家の集まりがある。それが密集すると一戸建てなら住宅地、マンションなら団地になる。去年読んだ柴崎友香さんの『千の扉』を思い出した。柴崎さんの作品は…

『月』辺見庸|「ひと」とは一体何なのか?

『月』辺見庸 角川文庫 2021.6.14読了 神奈川県相模原市にある障がい者施設「津久井やまゆり園」で、19人が死亡、26人が重軽傷を負うという凄惨な事件が2016年に起きた。健常者が障がい者を標的にするという信じがたい事件に胸を痛めた人も多く、一方で同時…