書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2021-01-01から1年間の記事一覧

『グレート・ギャツビー』フィツジェラルド|夢と栄光と、孤独

『グレート・ギャツビー』フィツジェラルド 野崎孝/訳 ★ 新潮文庫 2021.6.13読了 アメリカの小説を読みたくなる時がある。ポール・オースターさんの作品にしようか迷ったが、この本を手に取る。かなり前に村上春樹さん訳の本を読んだけどいまいちピンとこず…

『大阪』岸政彦 柴崎友香|大人の芳しい上質な随筆集

『大阪』岸政彦 柴崎友香 河出書房新社 2021.6.10読了 生まれ育った街を「地元」という。小さい頃から転勤を繰り返していた私は、どんな環境でもある程度馴染めるという術をおぼえて育った。小学生高学年から一つの地域に長く住んだから、私が「地元」と言え…

『風土』福永武彦|自分が自分自身になる

『風土』福永武彦 小学館P+D BOOKS 2021.6.9読了 去年初めて福永武彦さんの小説を読み、特に『忘却の河』に圧倒され、今でも読み終えた時の衝撃と感動は憶えている。その福永さんの処女長編作品がこの『風土』である。24歳の時にこの作品の着想を得て、約10…

『予告殺人』アガサ・クリスティー|殺人をお知らせします

『予告殺人』アガサ・クリスティー 羽田詩津子/訳 ハヤカワ文庫 2021.6.7読了 ある地方新聞誌の朝刊の広告欄に殺人の予告が出る。これがこの小説の始まり。新聞の広告といえば、求人だったり人探しだったり、昔はペンフレンド募集なんてのもあった気がする…

『六月の雪』乃南アサ|台湾に行きたくなった!

『六月の雪』乃南アサ 文春文庫 2021.6.6読了 台湾は親日国家として知られる。一度でも台湾を訪れたことがある人は、台湾人に親切にされ、料理も美味しく居心地も良く、好きになるだろう。私もそんな1人だ。つい3日ほど前に、日本から台湾へ新型コロナウイル…

『金閣寺』三島由紀夫|美の感じ方と燃え盛る炎

『金閣寺』三島由紀夫 新潮文庫 2021.6.3読了 中学生の時、関東に住む私の修学旅行先は「奈良・京都」だった。修学旅行の思い出を手作り絵本にまとめるという課題が出ており、私は「思い出に残った場所ベスト10」として見開き頁ごとに10位から始まりクライマ…

『少年は世界をのみこむ』トレント・ダルトン|ディテールの積み重ねが人生を彩る

『少年は世界をのみこむ』トレント・ダルトン 池田真紀子/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン 2021.5.31読了 全く知らない作家だし、なんなら出版社も聞いたことがない。2019年にオーストラリアで1番売れた小説らしい。壮大なタイトルと、ペラペラめくった時の…

『謎の独立国家ソマリランド』高野秀行|知らない世界を知る楽しさ

『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』高野秀行 集英社文庫 2021.5.26読了 ずっと前から高野秀行さんの本を読んでみたくてようやく手にしたのがこの本。書店には数多くの文庫本が並んでいた。1番分厚くて躊躇したけれ…

『オルタネート』加藤シゲアキ|繋がること、その手段

『オルタネート』加藤シゲアキ 新潮社 2021.5.24読了 高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」を題材にした小説である。いま世の中にあるマッチングアプリは結婚を前提としたものが多い。マッチングアプリ自体は数年前から流行っていて、私の知り合い…

『花のれん』山崎豊子|商いに賭けた女の一生

『花のれん』山崎豊子 新潮文庫 2021.5.23読了 吉本興業創設者の女主人(吉本せい)をモデルにして書かれた小説で、山崎豊子さんが直木賞を受賞した作品である。山崎さんの長編はほとんど読んでいるがこの本はまだ未読だった。 大阪の天満と言えば、今は飲み…

『動物農場』ジョージ・オーウェル|滑稽なのに恐ろしや

『動物農場』ジョージ・オーウェル 山形浩生/訳 ハヤカワepi文庫 2021.5.21読了 『一九八四年』と並ぶオーウェルさんのもう一つの代表作『動物農場』を読んだ。ブタの独裁政権の話であることは広く知られている。刊行されたのは1945年で古典の部類になるだ…

『邪宗門』高橋和巳|ある宗教団体の盛衰興亡

『邪宗門』上下 高橋和巳 河出文庫 2021.5.19読了 佐藤優さんが世界に誇る日本文学と謳っている高橋和巳さんの『邪宗門』を読んだ。高橋さんの作品は先日『非の器』を初めて読み、なかなか好みの作風であると感じた。ただ、読み応えがある故にどっしり重く結…

『郝景芳短篇集』郝景芳|現代中国人作家が気になってきた

『郝景芳(ハオ・ジンファン)短篇集』郝景芳 及川茜/訳 白水社 2021.5.12読了 中国系アメリカ人作家のケン・リュウさんが郝景芳さんの『北京 折りたたみの都市』を絶賛して英訳し、作品はヒューゴー賞を受賞した。ケン・リュウさんがこの作品を含め中国SF…

『地球星人』村田沙耶香|ぶっ飛んでる

『地球星人』村田沙耶香 新潮文庫 2021.5.11読了 村田沙耶香さんが芥川賞を受賞した『コンビニ人間』は、刊行当時大変話題になった。コンビニ人間なんて、時代を象徴しているなと思ったりしたけれど、これからは無人のお店も増えたりして、いつかは古くさく…

『タタール人の砂漠』ブッツァーティ|良い人生だったと思いたい

『タタール人の砂漠』ブッツァーティ 脇功/訳 岩波文庫 2021.5.10読了 現代イタリア文学の鬼才で、カフカの再来と呼ばれているブッツァーティさん。神秘的、幻想的で、不条理を描いたら右に出る者がいないと言われている。元々気になってはいて、堀江敏幸さ…

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介|ルポタージュ風の小説集

『彼女がエスパーだったころ』宮内悠介 講談社文庫 2021.5.8読了 宮内悠介さんのことはずっと気になっていた。鬼才大才と呼ばれている。本を読んでいて、この著者は天才だなと思ったのは、最近だと小川哲さんだ。『ゲームの王国』を読んだ時は、どうしたらこ…

『クララとお日さま』カズオ・イシグロ|人の心に寄り添うこと

『クララとお日さま』カズオ・イシグロ 土屋政雄/訳 ★★★ 早川書房 2021.5.6読了 ノーベル文学賞受賞後、第1作目の長編小説である。カズオ・イシグロさんの本を単行本で購入したのは初めてかもしれない。やはり、イシグロさんはすごい。導入を少し読んだだけ…

『五匹の子豚』アガサ・クリスティー|回想殺人|絶対おすすめ

『五匹の子豚』アガサ・クリスティー 山本やよい/訳 ★ ハヤカワ文庫 2021.5.4読了 クリスティーさんの作品は、有名なものはほとんど読んでしまったからかしばらく遠のいていたのだけれど、有名でなくともおもしろい!ということを証明する作品だった。とは…

『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子|女性の複雑な心理と闇

『ウィステリアと三人の女たち』川上未映子 新潮文庫 2021.5.2読了 大好きな川上未映子さんの文庫本新刊である。川上さんの本は毎年1冊は読んでいると思っていたのに、去年は読んでいなかったみたいだ。『夏物語』では毎日出版文化賞を受賞され、海外でも多…

『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント|本から立ち昇るニオイ

『香水 ある人殺しの物語』パトリック・ジュースキント 池内紀/訳 文春文庫 2021.5.1読了 去年、瑛人さんの『香水』という曲が流行した。TVで歌う姿もよく目にした。サビの部分が頭から離れず、口ずさむこともよくあった。そんな日本人は多かっただろう。 …

『破戒』島崎藤村|隠し続けるか苦悩する

『破戒』島崎藤村 新潮文庫 2021.4.29読了 先日読んだ『約束の地』のまえがきでバラク・オバマさんが述べていたように、私も巻末の注釈が大嫌いである。振ってある小さな数字も煩わしいし、後ろの頁をめくり該当の単語を探すもの煩わしい。何よりも本文から…

『生ける屍の死』山口雅也|エンバーミング|ホラーコメディ

『生ける屍の死』上下 山口雅也 光文社文庫 2021.4.26読了 この作品は、1989年に刊行された山口雅也さんのデビュー作である。同年のこのミス(宝島社 このミステリーがすごい!)第8位、2018年に30年間の作品の中から選ぶこのミスで、キングオブキングス第1…

『約束の地 大統領回顧録 Ⅰ 』バラク・オバマ|選挙戦と第1期めの任期|隠れた英雄を讃えよう

『約束の地 大統領回顧録 Ⅰ 』上下 バラク・オバマ 山田文 三宅康雄・他/訳 ★ 集英社 2021.4.24読了 発売されてすぐに購入していたのが、なんだか読むのが勿体ないような、心を落ち着けてこれに挑む準備をしてからにしよう、など思っているうちに2ヶ月くら…

『茄子の輝き』滝口悠生|記憶の回想と日々の移ろい

『茄子の輝き』滝口悠生 新潮社 2021.4.15読了 滝口悠生さんは、『死んでいない者』で2016年に第154回芥川賞を受賞された。受賞作は文庫になっているがまだ未読である。この『茄子の輝き』というタイトルに何故だか惹かれた。食材の中では主役級ではない茄子…

『奥のほそ道』リチャード・フラナガン|戦争の英雄と言われても

『奥のほそ道』リチャード・フラナガン 渡辺佐智江/訳 白水社 2021.4.13読了 私は旅行でタイに2回訪れたことがある。2回めに行った時、バンコクの郊外・カンチャナブリのオプショナルツアーに参加した。このツアーは、映画『戦場に架ける橋』の舞台となった…

『デイジー・ミラー』ヘンリー・ジェイムズ|恋愛に対するアメリカ的な価値観

『デイジー・ミラー』ヘンリー・ジェイムズ 小川高義/訳 新潮文庫 2021.4.10読了 ヘンリー・ジェイムズ氏の『デイジー・ミラー』が新潮文庫から新訳で刊行された。初めて『ねじの回転』を読んだときに、ジェイムズさんの紡ぐ物語世界に引き込まれた。ホラー…

『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ|東大生ならではの弱み

『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ 文春文庫 2021.4.8読了 このタイトルとジャケットだけ見ると、ファンタジー作品だろうかと勘違いしてしまう。単行本が刊行されたときにはあまり気にも留めていなかった。しかし読んでみると、2016年に起きた「東大生集団…

『いつか王子駅で』堀江敏幸|疾走するのに和む堀江さんマジック

『いつか王子駅で』堀江敏幸 新潮文庫 2021.4.6読了 まるで谷崎潤一郎さんの『春琴抄』のように、一文がひたすら長い。私が今まで読んだ堀江さんの2作に比べても圧倒的な長さである。それでも、独特の言い回しとリズムのある文体が心地良く、いつしか読みや…

『父を撃った12の銃弾』ハンナ・ティンティ|じっくり読みたい父子の物語

『父を撃った12の銃弾』ハンナ・ティンティ 松本剛史/訳 ★ 文藝春秋 2021.4.4読了 物語に引き込まれるシーンが、最初の章の終わりにある。12の銃弾痕が身体に残るルーの父親ホーリーは上半身裸になる。陽の光を浴びて踊る姿が、スローモーションとなり鮮や…

『ふたりぐらし』桜木紫乃|他人と生活を共にする

『ふたりぐらし』桜木紫乃 新潮文庫 2021.3.31読了 書店の文庫本新刊コーナーに並んでいるのを見てつい買ってしまった。桜木紫乃さんといえば、去年刊行された『家族じまい』がそういえば気になっていたのだった。最近は家族をテーマにした作品を書くことが…