書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

2023-01-01から1年間の記事一覧

『蝙蝠か燕か』西村賢太|没後弟子を極める

『蝙蝠か燕か』西村賢太 文藝春秋 2023.4.24読了 文芸誌に掲載された短編が3編収められた、西村賢太さん没後に刊行された作品集である。藤澤清造という作家のために生きる北町貫多の思想と行動が書かれた、西村さんお得意の私小説だ。 西村さんの作品は芥川…

『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』S・J・ベネット|王室事情を丹念に読み込む

『エリザベス女王の事件簿 バッキンガム宮殿の三匹の犬』S・J・ベネット 芦沢恵/訳 ★ KADOKAWA[角川文庫] 2023.4.23読了 イギリス好きとしては、英国王室ものは外せない。しかもミステリーなんて。去年このシリーズの第一弾を読んでとてもおもしろかった…

『黄色い家』川上未映子|人間のなかのある部分、表現できないうやむやな感情

『黄色い家』川上未映子 ★★ 中央公論新社 2023.4.19読了 遅ればせながら、ようやく読み終えた。いつものことだけど、新刊発売日から間をあけずすぐに購入するくせに、勿体ぶっているのかなんなのか、しばらく放置する。で、ようやく周りのざわざわが一通り落…

『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』コーマック・マッカーシー|世界は残酷で、無慈悲で、報われない

『ノー・カントリー・フォー・オールド・メン』コーマック・マッカーシー 黒川敏行/訳 早川書房[ハヤカワepi文庫] 2023.4.17読了 いやはや、とても苦しい読書だった。逃げ続けて、撃たれて、撃って、多くの人が血を流し、死に絶えて、もう絶望しかないん…

『朝星夜星』朝井まかて|かつて日本で洋食を広めた人がいた

『朝星夜星』朝井まかて PHP研究所 2023.4.15読了 食べている時の幸せそうな様子を見て気に入ったから、ゆきを嫁に貰ったのだと丈吉は言う。根っからの料理人だから、食べ物で人を喜ばせ、それを直に感じたいのだろう。飲食店に限らないが、消費者の喜ぶ姿を…

『色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹|自信と勇気を持ちなさい

『色彩を持たない田崎つくると、彼の巡礼の年』村上春樹 ★ 文藝春秋[文春文庫] 2023.4.13読了 仲の良かった4人が突然つくるの元から去ってしまった。その理由を尋ねると「自分で考えればわかるんじゃないか」「自分に聞いてみろよ」と言われる。理由もわか…

『フラナリー・オコナー全短篇 』[上]フラナリー・オコナー|ラストが秀逸

『フラナリー・オコナー全短篇 』[上]フラナリー・オコナー 横山貞子/訳 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.4.8読了 『善人はなかなかいない』 読み終えた後、すぐには意味がわからなかった。このラストはなにを意味しているのか、そもそもここで終わり?って…

『ゴリラ裁判の日』須藤古都離|人間と動物の違い、人権とは何か

『ゴリラ裁判の日』須藤古都離 講談社 2023.4.5読了 去年のメフィスト賞受賞作。講談社が主催するメフィスト賞はちょっと変わった風合いというか、わりあい突飛な作品が選ばれるイメージがある。エンタメ寄りで通が好みそうな感じ。私が手に取ったのはこの賞…

『カソウスキの行方』津村記久子|相手の良いところを見つけよう

『カソウスキの行方』津村記久子 講談社[講談社文庫] 2023.4.3読了 津村記久子さんお得意のお仕事小説かなと思っていたら、確かに職場の話ではあるけれど、アラサー女性の今後の生き方みたいなものが等身大の目線で書かれたものだ。雰囲気としては、芥川賞…

『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』小野一光|想像を絶する凄惨な虐待

『完全ドキュメント 北九州監禁連続殺人事件』小野一光 ★ 文藝春秋 2023.4.2読了 この事件は記憶に残っている人が多いだろう。17歳の少女を監禁・傷害したとして中年男女が逮捕されたことから端を発して暴かれた連続殺人事件だ。しかし、あまりにも残忍だっ…

『転落』アルベール・カミュ|自分の中にある二面生

『転落』アルベール・カミュ 前山 悠/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.3.29読了 オランダ・アムステルダムにあるバー「メキシコ・シティ」に足を踏み入れると、クラマンスが「どうぞどうぞ」と待っていましたとばかりに語りかけてくる。バーで知り合…

『スター』朝井リョウ|作り手と受け取り手の想い

『スター』朝井リョウ 朝日新聞出版[朝日文庫] 2023.3.28読了 社会人を対象にした「これから始めたい習いごと」の第一位が「動画編集」であると何かのテレビ番組で流れているのを先日見た。一般人でもYouTube、TikTokをはじめとして、世間に自分の意見を自…

『無月の譜』松浦寿輝|旅の醍醐味、人生で何かをとことんまで突き詰めること

『無月の譜』松浦寿輝 ★ 毎日新聞出版 2023.3.26読了 将棋は運では決まらない。確実に知力と知力のぶつかり合いであり、また将棋の世界の奥行きは深い。とはいえ、私自身将棋は詳しくない。2016年に藤井聡太さんが中学生でプロ棋士になり日本中で将棋が流行…

『アンクル・トムの小屋』ハリエット・ビーチャー・ストウ|人間に必要なのは信じる心

『アンクル・トムの小屋』上下 ハリエット・ビーチャー・ストウ 土屋京子/訳 ★ 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.3.23読了 タイトルは有名だけど読んだことがある人は少ない小説、これがまさにそんな作品だと思う。勝手にアンクル・トムは少年だと決めつ…

『影に対して 母をめぐる物語』遠藤周作|母への愛は大きくなる

『影に対して 母をめぐる物語』遠藤周作 新潮社[新潮文庫] 2023.3.18読了 遠藤周作さん没後、しかも2020年という最近になってから『影に対して』の原稿が発見された。作者自身の略歴をたどればわかるように、実際の体験を元にして母親の郁をイメージにした…

『樋口一葉赤貧日記』伊藤氏貴|底辺の人びとを描く貧困のリアリズム

『樋口一葉赤貧日記』伊藤氏貴 中央公論新社 2023.3.16読了 先日川上未映子さんがTwitterでこの本をおすすめしていた。確か新幹線での移動中で2巡目を読んでいたと思う。川上さんは樋口一葉著『たけくらべ』の口語訳も手掛けているから思い入れも強いはずだ…

『インドへの道』E・M・フォースター|異国のことを思うのと、その国の人と親しくなるのは違う

『インドへの道』E・M・フォースター 小野寺健/訳 河出書房新社[河出文庫] 2023.3.14読了 ストーリー性がある『ハワーズ・エンド』や『モーリス』から読むべきだとわかっていたのに、難解とされている『インドへの道』からE・M・フォースターさんの作品に…

『太陽の男 石原慎太郎伝』猪瀬直樹|良きライバルであり良き同志がいた

『太陽の男 石原慎太郎伝』猪瀬直樹 中央公論新社 2023.3.12読了 石原慎太郎さんが亡くなって約1年、元東京都知事で作家の猪瀬直樹さんが石原さんの評伝を執筆した。作家としての石原さんと猪瀬さんは、三島由紀夫さんのことを本に残しているという共通点が…

『少将滋幹の母 他三篇』谷崎潤一郎|母への想い、妻への妄執

『少将滋幹(しげもと)の母 他三篇』谷崎潤一郎 中央公論新社[中公文庫] 2023.3.11読了 谷崎潤一郎さんの代表作のひとつである『少将滋幹の母』と他3つの短編が収められた豪華な文庫本である。小倉遊亀さんという画家による原画からとりなおした挿絵がた…

『郵便局』チャールズ・ブコウスキー|仕事のあり方を考える

『郵便局』チャールズ・ブコウスキー 都甲幸治/訳 光文社[光文社古典新訳文庫] 2023.3.8読了 酒に煙草に女に賭け事に…、自堕落で最低な暮らしをしている男だなと思いながらも、どこか憎めない、ある種自由奔放なこの人間らしさにいつの間にか魅了されてし…

『ラーメンカレー』滝口悠生|窓目くんの素敵な話と鈍感力

『ラーメンカレー』滝口悠生 ★ 文藝春秋 2023.3.7読了 たいていの人と同じように、私もラーメンとカレーは大好きだ。けれどこの2つが一緒になったらどうなんだろう。ラーメンが先に来てるから、ラーメン風のカレーということか?タイトルも気になるし、広い…

「西村賢太さん一周忌追悼」田中慎弥さんトークショーに行ってきた

街区の再開発のため、東京駅八重洲口にある「八重洲ブックセンター」が今月末で営業を終了する。都内では神保町の三省堂書店、渋谷の丸善&ジュンク堂をはじめ、大型書店がまたしてもなくなることに、悲しみを隠しきれない。 西村賢太さんが亡くなられて一周…

『待ち遠しい』柴崎友香|未来に心を弾ませる

『待ち遠しい』柴崎友香 毎日新聞出版[毎日文庫] 2023.2.5読了 最近日本の小説で読むのは圧倒的に女性作家の作品が多い気がする。それに、多くの文学賞でも選考されるのは女性作家のものが増えているし、日本でも海外でも、作家という枠組みだけではなく色…

『ミダック横町』ナギーブ・マフフーズ|一人一人に起きる出来事の集まりが地域の息吹となる

『ミダック横町』ナギーブ・マフフーズ 香戸精一/訳 作品社 2023.3.2読了 ピラミッドや古代エジプトをテーマにしたミステリ小説は見かけるが、エジプト人作家が書いた本なんて読んだことあるだろうか。書店の新刊コーナーにあったこの本の帯に「カイロの下…

『傲慢と善良』辻村深月|生きるためには色々なバランスが大切なんだ

『傲慢と善良』辻村深月 朝日新聞出版[朝日文庫] 2023.2.28読了 結婚披露宴の予定も決まり、もうすぐ夫婦となるはずだった架(かける)と真実(まみ)。しかし、突然真実が失踪してしまう。少し前から、真実からストーカーの存在を打ち明けられていた架は…

『ホワイトノイズ』ドン・デリーロ|突拍子もないストーリーと狂気じみた人間たち

『ホワイトノイズ』ドン・デリーロ 都甲幸治・日吉信貴/訳 水声社 2023.2.26読了 ドン・デリーロの代表作である『ホワイトノイズ』は全米図書賞を受賞した作品である。邦訳は元々集英社から刊行されていたが、絶版となり中古本はかなりの値がついている。こ…

『香港陥落』松浦寿輝|戦争は友情を壊してしまうのか|文体を味わう

『香港陥落』松浦寿輝 講談社 2023.2.23読了 過去に香港旅行に行った時、その煌びやかな夜景に圧倒された。今でも九龍半島の高架道から香港島の夜景を鑑賞する「シンフォニー・オブ・ライツ」の映像がまざまざと蘇る。しかし一番思い出すのは、外気温と建物…

『頬に哀しみを刻め』S・A・コスビー|失念深い復讐の果てに

『頬に哀しみを刻め』S・A・コスビー 加賀山拓朗/訳 ハーパーコリンズ・ジャパン[ハーパーBOOKS]2023.2.21読了 ひたすら暴力的で、血のにおいがつきまとう。読んでいて目を覆うような場面も多かったが、ミステリーとしての仕掛けや疾走感あふれるストーリ…

『イリノイ遠景近景』藤本和子|翻訳家が語る上質なエッセイ

『イリノイ遠景近景』藤本和子 筑摩書房[ちくま文庫] 2023.2.19読了 昨年末に読んだトニ・モリスン著『タール・ベイビー』の訳者が藤本和子さんで、そうだ、このエッセイを読もうかなと思っていた。他の本をつまみ食いしていて忘れかけていたのだが、先日…

『望楼館追想』エドワード・ケアリー|ケアリーが描く愛おしい人たちとその物語

『望楼館追想』エドワード・ケアリー 古屋美登里/訳 ★ 東京創元社[創元文芸文庫] 2023.2.18読了 どうやら東京創元社の文庫レーベルに新しく「創元文芸文庫」というものが刊行されたようで、翻訳部門の第一弾がこの作品だ。エドワード・ケアリーといえばア…