書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

国内(た行の作家)

『長い一日』滝口悠生|断片的な知識やエピソードが息づいている

『長い一日』滝口悠生 ★ 講談社 2021.10.12読了 これは私小説になるのだろうか。日記のようなエッセイのような。語り手が個人事業主、青山七恵さんや柴崎友香さんが登場、極め付けは滝口さんと呼ばれている箇所を読んだこと。いや、これはもう滝口悠生さん本…

『君は永遠にそいつらより若い』津村記久子|もやもやとした大学生と社会人のはざま

『君は永遠にそいつらより若い』津村記久子 ★ ちくま文庫 2021.9.20読了 なかなか良いタイトルである。本谷有希子さんの作品にありそう。「そいつら」というのが特にいい。津村さんの小説はタイトルのセンスがひときわ抜きん出ていて、読む前から気になり手…

『死んでいない者』滝口悠生|日常とは違うある一日の営み

『死んでいない者』滝口悠生 文春文庫 2021.8.10読了 滝口悠生さんの芥川賞受賞作である。少し前に『茄子の輝き』を読んで、なかなか好みの文体だったため手に取ってみた。お通夜、告別式の話なので先日読んだ『葬儀の日』を連想した。 honzaru.hatenablog.c…

『吉野葛・盲目物語』谷崎潤一郎|中期の名作をどうぞ

『吉野葛・盲目物語』谷崎潤一郎 新潮文庫 2021.7.9読了 谷崎さんの中期の2作品が収められている。古き良き古風な日本語の文体で、一見とっきにくいのに滑らかで麗しい。2作品ともタイトルだけは知っていたが、内容は想像とかなり違っていた。 『吉野葛』 か…

『世界はゴ冗談』筒井康隆|インパクトがありすぎる短編集

『世界はゴ冗談』筒井康隆 新潮文庫 2021.6.26読了 表題作を含めた10作品が収められた短編集である。筒井康隆さんの作品を読むのは久しぶりだ。そして彼の短編というのも初めてだ。いや〜、奇想天外なストーリーづくしでたまげる。一話めから、タイトルから…

『つまらない住宅地のすべての家』津村記久子|ご近所付き合いも悪くはない

『つまらない住宅地のすべての家』津村記久子 双葉社 2021.6.16読了 日本のほとんどの地域で、多くの家の集まりがある。それが密集すると一戸建てなら住宅地、マンションなら団地になる。去年読んだ柴崎友香さんの『千の扉』を思い出した。柴崎さんの作品は…

『謎の独立国家ソマリランド』高野秀行|知らない世界を知る楽しさ

『謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア』高野秀行 集英社文庫 2021.5.26読了 ずっと前から高野秀行さんの本を読んでみたくてようやく手にしたのがこの本。書店には数多くの文庫本が並んでいた。1番分厚くて躊躇したけれ…

『邪宗門』高橋和巳|ある宗教団体の盛衰興亡

『邪宗門』上下 高橋和巳 河出文庫 2021.5.19読了 佐藤優さんが世界に誇る日本文学と謳っている高橋和巳さんの『邪宗門』を読んだ。高橋さんの作品は先日『非の器』を初めて読み、なかなか好みの作風であると感じた。ただ、読み応えがある故にどっしり重く結…

『茄子の輝き』滝口悠生|記憶の回想と日々の移ろい

『茄子の輝き』滝口悠生 新潮社 2021.4.15読了 滝口悠生さんは、『死んでいない者』で2016年に第154回芥川賞を受賞された。受賞作は文庫になっているがまだ未読である。この『茄子の輝き』というタイトルに何故だか惹かれた。食材の中では主役級ではない茄子…

『陰翳礼讃・文章読本』谷崎潤一郎|日本の文化と日本語の美しさ|随筆を通俗語にしようよ

『陰翳礼讃・文章読本』谷崎潤一郎 新潮文庫 2021.3.28読了 谷崎潤一郎さんの『陰翳礼讃』『文章読本』という2大随筆と、他に短い作品が3つ収録された随筆集である。どの作品も素晴らしい文章で散りばめられている。日本の文化と日本語の美しさが、これまた…

『悲の器』高橋和巳|転落と自滅|第1回文藝賞受賞作

『悲の器』高橋和巳 河出文庫 2021.3.13読了 39歳で早逝された天才作家高橋和巳さんを皆さんご存知だろうか。私は今まで彼の作品を読んだことがなかった。そのことを悔やみつつも、今回読んで本当に良かった。この『悲の器』を読むと著者高橋さんのすごさが…

『小説伊勢物語 業平』髙樹のぶ子|飽かず哀し

『小説伊勢物語 業平』髙樹のぶ子 日本経済新聞出版 2021.2.23読了 在原業平は歌人であるが、その美しい容姿から多くの女性を虜にした平安時代のプレイボーイというイメージがある。『伊勢物語』は在原業平が主人公と言われているが、それが本当かどうかも作…

『春琴抄』谷崎潤一郎|春琴と佐助にしか見えないもの

『春琴抄』谷崎潤一郎 ★ 新潮文庫 2021.2.16読了 私は見逃してしまったが、NHKの番組『100分de名著』で島田雅彦さんが『春琴抄』を解説したらしい。谷崎さんの作品では5本の指に入るほど有名な作品だが私はいまに至るまで未読だった。 同じような出だしの小…

『あゝ、荒野』寺山修司/ボクシングと青春と新宿歌舞伎町

『あゝ、荒野』寺山修司 角川文庫 2021.1.24読了 寺山修司さんは類稀なる才能を持ち、演劇・映画・短編・詩・エッセイなど幅広く活動された方である。有名なのは『家出のすすめ』や『書を捨てよ、町へ出よう』だろうか。唯一の長編小説がこの『あゝ、荒野』…

『ガーデン』千早茜/人と一定の距離を保つ

『ガーデン』千早茜 文春文庫 2020.10.4読了 よく書店に並んでいるのは目にしていたが、千早茜さんの小説を読むのは初めてだ。なんとなく、イヤミス系なのかな?と思っていたけど、確か西洋菓子店とつく題名の作品もあったので、色々な作風があるのかなと。 …

『首里の馬』高山羽根子/孤独に羽ばたく

『首里の馬』高山羽根子 新潮社 2020.9.13読了 まだ記憶に新しい、第163回芥川賞受賞作。同時受賞は遠野遥さんの『破局』、直木賞は馳星周さんの『少年と犬』だ。どれを読もうか考えていて、馳星周さんの作品は過去に何冊か読んだことあるし、では知らない作…

『父 Mon Pere』辻仁成/家族には迷惑をかけていい

『父 Mon Pere』辻仁成 ★ 集英社文庫 2020.8.6読了 辻仁成さんは、ミュージシャン、作家、最近ではニュースやワイドショーのコメンテーターも務めている。中山美穂さんの元夫だったという程度しか知らない人もいるだろう。2人の間に産まれた1人息子と一緒に…

『移植医たち』谷村志穂/臓器移植を考える

『移植医たち』谷村志穂 新潮文庫 2020.5.12読了 臓器移植をテーマにした医療小説だ。著者の谷村志穂さん、名前は知っていたが初読みである。医療系の小説自体久しぶりだが、医療といっても日本ではあまり馴染みのない「移植」を取り上げている。 アメリカで…

『我らが少女A』髙村薫/SNSで作られる虚構

『我らが少女A』髙村薫 ★ 毎日新聞出版 2020.5.2読了 このタイトルを見て「わーたーしー、少女A」と中森明菜さんが歌う場面を思い出しながら口ずさむ人は、私だけではないだろう。「私が」ではなく「我らが」というのがどういう意味なのか気になりながら読み…

『地に這うものの記録』田中慎弥/ネズミとの和解は如何に

『地に這うものの記録』田中慎弥 ★ 文藝春秋 2020.4.22読了 田中慎弥さんの作品ってどうも中毒性があるようで、つい気になって読んでしまう。これは今月の新刊である。本を持ち上げた瞬間、見た目の厚さに反してずっしりと重い。ハードカバーの紙質もそうだ…

『現代語古事記』竹田恒泰/日本最古の歴史書は、特に神の代(神話)がおもしろい

『現代語古事記 ポケット版』竹田恒泰 学研 2019.12.14読了 美容院では、いつも雑誌は読まずに本を持参する。最近そういう人は少ないようで、昔通っていたサロンの美容師さんに言われた。その時に本の話になり、その方に薦めてもらったのが、『古事記』だっ…

『眞晝の海への旅』辻邦生/辻さんが書くとミステリーにならない

『眞晝(まひる)の海への旅』辻邦生 小学館P+D BOOKS 2019.12.1読了 大好きな辻さんの文章を味わいたくて手に取る。この作品は、元は新潮文庫にあったようだけれど、今はP+D BOOKSでしか刊行されていないようだ。紙質はいいとは言えないけ…

『犬と鴉』田中慎弥 / 人は悲しめば悲しむほど満腹になる

『犬と鴉(からす)』田中慎弥 講談社文庫 2019.11.10読了 表題作を含む3編の中短編が収録されている。過去に私が読んだ2作品に比べると、1番昔に書かれたようだ。前回読んだ『燃える家』に非常に圧倒されたから、それには劣るだろうと、あまり期待を持たず…

『春の戴冠』 辻邦生 / 花の都フィレンツェを思い浮かべながら

『春の戴冠』1〜4 辻邦生 中公文庫 2019.7.25読了 傴僂(せむし)のトマソが不気味なほどの存在感を発揮している。せむしという言葉は日本では差別用語として禁じられていると思うが、何故かせむしの人は小説においてキーとなる人物であることが多い。せむし男…

『燃える家』 田中慎弥 / 圧倒的な筆力で描かれ、炎のように燃えさかる 

『燃える家』 田中慎弥 ★ 講談社 2019.5.12 読了 表紙を見て、まるで新潮文庫の三島由紀夫作品のようだと思った。きっとそう感じたのは私だけではないだろう。これだけで、あの重厚で美しい文章を味わえるのかという期待感を持つ。田中慎弥さんの『共喰い』…

『西行花伝』 辻邦生 / 仙人になる

『西行花伝』 辻邦生 新潮文庫 2019.4.27読了 歌人であり仏教僧である西行について、弟子の藤原秋実が綴る壮大な絵巻。森羅万象—この小説のテーマであり、作中では「いきとしいけるもの」とルビが振られている。 森羅万象の仏性に触れるとは、地上に現れたす…

『この世にたやすい仕事はない』 津村記久子 / 色々な仕事・職場を経験すると自分のことがよりわかる

『この世にたやすい仕事はない』 津村記久子 新潮文庫 2019.3.26読了 14年間勤め上げた仕事に燃え尽き投げ出してしまい、ゆるーい仕事を求めて転々と職を変えていく36歳女性の話。世の中には、本当に色々な仕事があり、そしてどんなことでも仕事になるんだな…

『レディ・ジョーカー』 髙村薫 / 女性が描く男性心理

『レディ・ジョーカー』上・中・下 髙村薫 ★★ 新潮文庫 2019.3.22読了 言わずと知れた、グリコ・森永事件から着想を得たストーリー。同じモチーフの塩田武士さんの『罪の声』も良かったが、緻密な構成と深い人間考察、行間から漂うおどろおどろしさは髙村さ…

『蓼喰う虫』 谷崎潤一郎 / 夫婦の在り方はさまざま

『蓼喰う虫』 谷崎潤一郎 小出楢重/画 岩波文庫 2019.3.3読了 谷崎潤一郎といえば、『痴人の愛』『細雪』『卍』『春琴抄』が抜群に有名であるが、『蓼喰う虫』を読んでいる人はそう多くはないかもしれない。私もタイトルを知っていただけで初読みである。「…

『共喰い』 田中慎弥 / 血のつながりを考える

『共喰い』 田中慎弥 集英社文庫 2019.2.17読了 第146回芥川賞受賞作。当時の会見で話題をさらった田中慎弥さん。会見の印象が強すぎて目立ってしまい、確か同時受賞の円城塔さんに申し訳なかったと後で話していたような。なんとなく手にする機会を逃してい…