書に耽る猿たち

読んだ本の感想、本の紹介、本にまつわる話

外国(ア行の作家)

『緑の天幕』リュドミラ・ウリツカヤ|重層的な連なりが感動を呼び起こす

『緑の天幕』リュドミラ・ウリツカヤ 前田和泉/訳 ★ 新潮クレスト・ブックス 2022.2.8読了 アメリカやイギリスの現代作家はよく読むけれど、ロシア現代作家の作品はあまり読むことがない。ロシアといえばドストエフスキー、トルストイなどの文豪が多く、そ…

『侍女の物語』マーガレット・アトウッド|女性が監視させられるサスペンスフルな世界

『侍女の物語』マーガレット・アトウッド 斎藤英治/訳 ハヤカワepi文庫 2021.11.22読了 オブフレットという女性の目を通して「侍女」として生き抜く様を描いたディストピア小説で、アトウッドさんの代表作のひとつである。この作品でいう「侍女」は、子供を…

『サイラス・マーナー』ジョージ・エリオット|人生の晩年に幸せがやってくること

『サイラス・マーナー』ジョージ・エリオット 小尾芙佐/訳 光文社古典新訳文庫 2021.11.10読了 機織り(はたおり)という職業については、現代社会で、さらに日本ではなかなか想像しにくい。サイラス・マーナーとは、この小説に登場する孤独な機織りの主人…

『ワインズバーグ、オハイオ』シャーウッド・アンダーソン|ある街での人々のいとなみ

『ワインズバーグ、オハイオ』シャーウッド・アンダーソン 上岡伸雄/訳 新潮文庫 2021.10.25読了 前から読みたかった小説である。期待していた通り、なかなか好みの作品であった。大切に、じっくりと、耳を澄ませて、街並みと人物を想像しながらゆっくりと…

『木曜殺人クラブ』リチャード・オスマン|彩りに満ちた老探偵たちとともに

『木曜殺人クラブ』リチャード・オスマン 羽田詩津子/訳 ★★ ハヤカワポケットミステリー 2021.9.27読了 この小説、刊行前から結構話題になっていたので、私も気になってついつい購入した。アガサ・クリスティー著『火曜殺人クラブ』はまだ未読だけれど、ミ…

『ある子馬裁判の記』ジェイムズ・オールドリッジ|みんなで議論をしよう|古い印刷技術のこと

『ある子馬裁判の記』ジェイムズ・オールドリッジ 中村妙子/訳 評論社 2021.8.18読了 ★ これは評論社の児童図書館シリーズに入っている子供向けの本である。どうしてこの本を読んだかというと、先日訪れた池袋の梟書茶房「ふくろう文庫」で自ら選んだものな…

『ミドルマーチ』ジョージ・エリオット|結婚がもたらす絆のかたち

『ミドルマーチ』1〜4 ジョージ・エリオット 廣野由美子/訳 ★★★ 光文社文庫 2021.6.24読了 ついに読み終えてしまった。いつまでもこの小説に浸りたい、読み終えるのが惜しいという感覚をひさびさに味わえた至福の読書時間だった。期待を裏切ることのない…

『動物農場』ジョージ・オーウェル|滑稽なのに恐ろしや

『動物農場』ジョージ・オーウェル 山形浩生/訳 ハヤカワepi文庫 2021.5.21読了 『一九八四年』と並ぶオーウェルさんのもう一つの代表作『動物農場』を読んだ。ブタの独裁政権の話であることは広く知られている。刊行されたのは1945年で古典の部類になるだ…

『クララとお日さま』カズオ・イシグロ|人の心に寄り添うこと

『クララとお日さま』カズオ・イシグロ 土屋政雄/訳 ★★★ 早川書房 2021.5.6読了 ノーベル文学賞受賞後、第1作目の長編小説である。カズオ・イシグロさんの本を単行本で購入したのは初めてかもしれない。やはり、イシグロさんはすごい。導入を少し読んだだけ…

『フォックス家の殺人』エラリイ・クイーン|探偵エアリイ、12年前の真実を暴けるか?

『フォックス家の殺人』エラリイ・クイーン 越前敏弥/訳 ハヤカワ文庫 2021.3.14読了 フォックス、つまりキツネである。目次に書かれた見出しを見ると、すべて「きつね」になっている。例えば「1 子ぎつねたち」「2 空飛ぶきつね」のように。この作品に登場…

『レストラン「ドイツ亭」』アネッテ・ヘス|ホロスコート裁判に向き合う|国民が知るべきこと

『レストラン「ドイツ亭」』アネッテ・ヘス 森内薫/訳 ★ 河出書房新社 2021.3.8読了 少し不気味な感じだけどかわいくもある表紙のイラスト(ついでに言うとゴッホ作「夜のカフェテラス」の構図や色合いに似ている)、タイトルの朴訥で大きめの字体に妙に惹…

『モルグ街の殺人・黄金虫 ポー短編集Ⅱ ミステリ編』エドガー・アラン・ポー|探偵はデュパンから生まれた

『モルグ街の殺人・黄金虫 ポー短編集Ⅱ ミステリ編』エドガー・アラン・ポー 巽孝之/訳 新潮文庫 2021.3.2読了 ポー氏の作品はかなり昔に何作かは絶対に読んだはずなのに、覚えていなかった。読んだということ、デュパンが出てきたことは頭にあったのに、こ…

『ラウィーニア』アーシュラ・K・ル=グウィン|古代ローマに生きる女性

『ラウィーニア』アーシュラ・K・ル=グウィン 谷垣暁美/訳 河出文庫 2021.2.15読了 実は私は『ゲド戦記』をちゃんと読んだことがない。アニメでも観ていない。ル=グウィンさんは『ゲド戦記』の作者であるが、他にも色々なSF・ファンタジー作品を残している…

『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティー|ジプシーが丘の秘密

『終りなき夜に生れつく』アガサ・クリスティー 矢沢聖子/訳 ハヤカワ文庫 2021.2.13読了 クリスティー作品のなかでポワロもミス・マープルも出てこないノン・シリーズだ。一番有名なのは『そして誰もいなくなった』だろう。この『終りなき夜に生れつく』は…

『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング|子供だけの世界で何が起きるか

『蠅の王』ウィリアム・ゴールディング 黒原敏行/訳 ハヤカワepi文庫 2021.2.5読了 ノーベル文学賞受賞作家、ウィリアム・ゴールディング氏の代表作だ。ハエはカタカナが一般的であるが、この小説では「蠅」である。「蝿」ではなく「蠅」なのが、視覚的に怖…

『ポケットにライ麦を』アガサ・クリスティー|物語として完璧|次に読む本の選び方

『ポケットにライ麦を』アガサ・クリスティー 山本やよい/訳 ★ ハヤカワ文庫 2021.1.28読了 次に読む本はみんなどうやって選ぶのだろう?本がないと生きにくい私は、未読の本をだいたい数十冊ストックしておきそこから選ぶのだけど、毎日のように迷いに迷う…

『スタイルズ荘の怪事件』アガサ・クリスティー/さぁ、ポアロ劇場はここから

『スタイルズ荘の怪事件』アガサ・クリスティー 矢沢聖子/訳 ハヤカワ文庫 2021.1.11読了 名探偵ポアロシリーズはちゃんと一話完結しているから、どれから読み始めてもいい。おもしろいと評判のもの、自分が興味のあるものだけを読むのも全然アリだ。私もそ…

『オリーヴ・キタリッジの生活』エリザベス・ストラウト/誰の日常にもドラマがある

『オリーヴ・キタリッジの生活』エリザベス・ストラウト 小川高義/訳 ★ ハヤカワepi文庫 2021.1.6読了 毎日こうして本を読んでいると、自分の好みの本は数頁読んでわかるものだ。私が大事にしている「読み心地の良さ」があり、読んでいる時間そのものが宝物…

『葬儀を終えて』アガサ・クリスティー/ミステリファンの心を掴む名作

『葬儀を終えて』アガサ・クリスティー 加賀山卓朗/訳 ハヤカワ文庫 2020.12.20読了 私立探偵ポアロシリーズの25作目。私が読むポアロ作品としては4作目である。クリスティー作品の中ではそんなに有名ではないけれど、私としてはすこぶるおもしろかった。何…

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン/北欧アイスランド発警察ミステリ

『湿地』アーナルデュル・インドリダソン 柳沢由実子/訳 創元推理文庫 2020.12.13読了 アイスランドは人口約35万人の、北欧に浮かぶ島国だ。35万人というのは、奈良県奈良市や、埼玉県川口市と同じくらいの人口だ。東京でいえば23区のうちの一つ北区だけで3…

『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー/女性の心の声

『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー 中村妙子/訳 ハヤカワ文庫 2020.12.1読了 ミス・マープルシリーズを読もうとしていたのだけど、ノンシリーズのこの小説を待ちきれなかった。実はアガサさんの作品の中で、この『春にして君を離れ』が一番読みたか…

『アクロイド殺し』アガサ・クリスティー/当時は斬新だったろうなぁ

『アクロイド殺し』アガサ・クリスティー 羽田詩津子/訳 ハヤカワ文庫 2020.11.29読了 少し前からアガサ作品にハマっていて、読んでいない小説の中でおもしろそうなものを選んでいる。この『アクロイド殺し』はどうやらトリックに賛否両論があるとかで、刊…

『ナイルに死す』アガサ・クリスティー/文章を疑ってかかる

『ナイルに死す』アガサ・クリスティー 黒原敏行/訳 ハヤカワ文庫 2020.10.15読了 近すぎる。近いうち過ぎる。何がって、『オリエント急行の殺人』を読んでまだ数日しか経っていないのだ。アガサ作品をまた近いうちに読もうとは思っていたけれど、3日後に手…

『オリエント急行の殺人』アガサ・クリスティー/色褪せない名作を味わう

『オリエント急行の殺人』アガサ・クリスティー 山本やよい/訳 ハヤカワ文庫 2020.10.11読了 英国ミステリの女王、アガサ・クリスティーさんの超超有名な本作を再読した。小説で読むのはかれこれ子供の頃以来かもしれない。映画にもなり日本でも野村萬斎さ…

『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル/極限状態から見えてくるもの

『夜と霧』ヴィクトール・E・フランクル 池田香代子/訳 みすず書房 2020.9.19読了 アウシュヴィッツ強制収容所。その名を聞くだけで恐ろしく震えそうな気持ちになる。ナチスが捕虜になった人を大量虐殺したと言われている場所だ。この強制収容所から奇跡的…

『雪』オルハン・パムク/幸せとは何かを問う政治小説

『雪』オルハン・パムク 宮下遼/訳 ハヤカワepi文庫 2020.6.30読了 3〜4年前に買ったが、何となく読む気分にならずにずっと眠っていた本である。オルハン・パムクさんは大好きな作家の1人だ。トルコの小説で読んでいるのは彼の作品だけだと思う。 主人公Ka…

『緋色の研究』アーサー・コナン・ドイル/ホームズとワトスンの出会い

『緋色の研究』アーサー・コナン・ドイル 日暮雅通/訳 光文社文庫 2020.6.7読了 探していた光文社文庫の新訳シャーロック・ホームズ、つい先日たまたま書店で見つけた。ネットで買えなくても、リアル書店で見つかることはよくある。この『緋色の研究』を選…

『倦怠』アルベルト・モラヴィア/欲望の成れの果て

『倦怠』アルベルト・モラヴィア 河盛好蔵・脇功/訳 河出文庫 2020.5.9読了 初めて読むイタリアの作家だ。先日マンゾーニ氏の『いいなづけ』を読んだ時に、イタリア人作家の本はあまり読んだことがないと気付いたので、早速読もうと。確か小池真理子さんが…

『いいなづけ 17世紀ミラーノの物語』アレッサンドロ・マンゾーニ/禍(わざわい)転じて福となす

『いいなづけ 17世紀ミラーノの物語』上中下 アレッサンドロ・マンゾーニ 平川祐弘/訳 河出文庫 2020.5.6読了 この小説はご存知だろうか。新型コロナウイルスが蔓延し始めた2月末、イタリア・ミラノのある校長先生が生徒たちへ手紙を送り、その中にこの小説…

『モスクワの伯爵』エイモア・トールズ/心のゆとりと人間らしい暮らし

『モスクワの伯爵』エイモア・トールズ 宇佐川晶子/訳 早川書房 2020.4.17読了 新聞の書評欄でこの本を見つけて、気になって買っておいた。もう、装丁からして素敵すぎる。こんな鮮やかなエメラルドグリーンの表紙に金色ってなかなかない。そして写真ではわ…